ニックネーム : しげみん 私がヘミシンクのゲートウェイ・ヴォエッジに参加したのは、28歳の息子が、心臓停止による低酸素脳症になったことがきっかけでした。息子は昨年の3月に結婚式を挙げたばかりでした。ところが、結婚から約一年後の今年4月3日、心臓が停止し、脳に酸素が届かなくなったことで、二人の生活は一変しました。
あの恐ろしい出来事は、夜中の3時半、妻に起こされたところから始まります。取り乱し、泣き続ける妻の様子を見て、ただ事ではない何かが起きたのだと分かりました。息子の妻から救急車で息子が病院に搬送されたとの電話があったのです。あの夜を思い出すだけで、今もつらくなります。息子の身に起きたことは、私の人生の中で最もつらい出来事でした。
息子の心臓は40分間も止まっていました。AEDを使っても心臓が動き出すことはなく、エクモ(心臓と肺の働きを助ける装置)につながるまでに40分もかかってしまったのです。その間、心臓マッサージは続けられていたのですが、脳に十分酸素が届かず、低酸素脳症になってしまいました。医師からは、意識が戻る可能性はゼロパーセントだと告げられました。私たち家族は、息子はもう二度と目を開けることはなく、植物状態のまま、人工呼吸器につながれて生きていくのだと覚悟しました。息子の妻は医師の言葉を聞いたとき、ショックのあまり過呼吸を起こし、立ち上がることさえできなくなっていました。結婚して間もない新婚生活から、突然、夫の介護に向き合う生活になったのです。二人のこれからを思うと、言葉が見つかりませんでした。
医者からは意識の戻る可能性はないと言われましたが、それでも私の中には、諦めきれない願いがありました。もう一度、息子と話したい。息子は今、何を感じているのだろう。何かしてほしいことはないのだろうか。こちらの声は届いているのだろうか。何らかの方法で、それを確かめることはできないだろうか。ヘミシンクに以前から興味を持っていた私がゲートウェイ・ヴォエッジへの参加を考えたのは、そのような思いからでした。
ヘミシンクの具現化のセッションで、少しでも回復することはできないだろうか。あるいは、ヘミシンクを使って変性意識状態になることで、息子と会話することができるようにならないだろうか。私が参加に求めていたのは、そうした可能性でした。ただ、私には仕事があり、5泊6日のセミナーに参加することは、どう考えても難しい状況でした。それでも、「ここで参加しなければ、一生後悔する」と思ったのです。参加すれば確実に良くなるという確信があったわけではありません。ただ、息子のために、自分にできることをしようと思い参加を決めました。
6日間のセミナーの最終日、私は忘れられないビジョンを見ました。息子がベッドの上で起き上がる姿や、理学療法士さんに支えられながら歩いている姿を見たのです。参加する前の私には、そんな姿を想像することさえできませんでした。もう目を開けることはないのだと覚悟していたからです。
そして今、息子は、あのとき見たビジョンと同じ姿を見せています。歩くといっても、自分の力で自由に歩けるわけではありません。理学療法士さんに支えられて、やっと歩く練習ができるという状態です。それでも、目を開けることさえないと思っていた息子が、ここまで回復してくれました。私にとっては、奇跡としか思えないのです。
ただ、息子との意思の疎通は、今もできていません。目を開け、私のほうをじっと見ていることはあります。けれど、私が父親であることが分かっているのかどうかも、確かめることができません。ここまで回復してくれただけでも、本当にありがたい。その気持ちに偽りはありません。それでも、私の言葉に一度でもうなずいてくれたら。何らかの形で、息子の気持ちが分かるようになったら。そう願わずにはいられないのです。
一方で、別の思いが胸をよぎることもあります。もし息子が自分の今の状況を理解するようになったら、そのことが、本人にとって大きな苦しみになるのではないか。周りの状況が理解できない、今のままのほうが、息子にとっては幸せではないのだろうかと思ってしまいます。
スピリチュアルな世界では、人は生まれてくる前に人生で起こる大きなことは決めてきていると言います。きっと息子は魂の向上のためにこの試練を自分で選んだことなのでしょう。また私たち家族もそういう子供を持つことを決めて生まれてきたのでしょう。それなら、息子の回復を一心に祈るより、息子の天命が全うされることを祈ることの方が大切なのだろうと頭の中では思うのですが、一方ではもっと回復して話ができるようになってほしいという願いは、どうしても消えません。その思いがあるからこそ、セミナーにも参加したのです。
ヘミシンクに取り組む中で、一度だけ、息子と会話ができたと感じる体験がありました。
明け方、変性意識状態の中で、誰にでも会え、どこへでも行けるように感じたことがあったのです。それなら、入院している息子のところへ行ってみよう。そう思うと、私は息子のベッドの横の椅子に座っていました。私の横には、息子の妻が立っていました。息子はベッドの上で起き上がりこちらを見ていました。そのとき私は息子と会話することができたのです。何を話したのかは、覚えていません。ただ、息子と話せたという感覚が残っています。現実の病室では、今も会話はできていません。しかし、ヘミシンクを使って変性意識状態になれば、会話ができるのだという確信が持てました。あれからあのような状態にはなれていないのですが、もう一度なれたら、息子に今何がしてほしいのか聞いてみたいのです。
半年間のリハビリを終え、息子はリハビリテーション病院から療養施設へ移らなければならなくなりました。移る先は、おそらく老人ホームのようなところになると思います。自分の子どもが、親より先に、老人ホームに入るなんて、想像することもできませんでした。今も、信じられない気持ちです。
ゲートウェイ・ヴォエッジに参加したことで、すべての願いがかなったわけではないですが、それでも、植物状態になることを覚悟した息子がここまで回復したことは奇跡です。セミナーに参加して、参加者の皆様に私の話を聞いてもらい、参加者の温かい思いが天に届いて、きっとここまで息子が回復できたのだろうと思っています。そのことは感謝以外の何物でもありません。
これからも短時間ではありますが、リハビリを続けていけるようなので、その中で息子と少しでも意思の疎通ができるようになれればいいと思っています。また、ヘミシンクを練習することで変性意識状態に入り、息子とまた会話してみたいと思っています。
ヘミシンクを作ってくださったモンローさんや、それを伝えてくださるトレーナーやスタッフの方に心から感謝しています。