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SPA体験-3- エーテル体と量子場

2023年3月21日 13:45

ニックネーム:

カテゴリ:スターラインズII

ニックネーム : B
[エーテル]
SPAのセッションでは、「肉体、感情体、メンタル体、エセリック体」を癒すというナレーションがある。エセリック体(エーテル体)はエーテルダブル(エーテル複体)とも呼ばれ、近代神智学ではインド哲学の微細身(スークシュマ・シャリーラ)に該当するものとして理解された。粗大身である肉体と直接に結びつき肉体の維持を行うと同時に、肉体とより上位の諸身体と結びつけるものとされる。このエーテル体は、無生物を含む全ての物質に存在するとされており、ダスカロスは、物質的な身体だけでなくサイキック体やノエティック体などの上位の諸身体も振動数が異なるエーテル体を纏っていると説明している。スピリチュアリズムの中には、複数の高次身体があるのではなく振動数によって連続的に変化すると考える立場もあり、ダスカロスの見解は、近代神智学とスピリチュアリズムの中間に位置する。
このエーテル体はエーテルを素材とし存在する。エーテルは古代ギリシアにおいて天空の大気とされたアイテールから派生して、アリストテレスが四大元素を拡張して第五元素としたようだ。この第五元素(quintessence)という用語は、現代宇宙論でのダークエネルギーの候補としても利用されており、現在知られている重力、電磁気力、弱い力、強い力に加わる第5の力とする仮説もある。
一方、古代インドでは、地、水、火、風の四大に加えて虚空(アーカーシャ)を空大として五大を形成した。真言密教ではこれに識大を加えて六大としている。ブラヴァッキーが神智学会の拠点をインドに移した後、神智学者は、西洋由来のエーテルとアーカーシャを同一視するようになった。アーカーシャは、宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているとされている。(アカシックレコード)
ただし、19世紀末までエーテルは神秘主義者の独占物ではなく、海水が波の媒体であるように光の媒体としてはエーテルが存在する事は物理学者の共通理解だった。

[エーテルの否定と場の量子論の成立]
1887年、米国の物理学者マイケルソンとモーリーは、光速に対する地球の速さの影響を調べる実験を行った。太陽の周り公転する地球にはエーテルの風が吹きつけているはずなので、彼らは測定する方向によって光速が異なると考えた。流れる川の上の波や風が吹いている時の音の伝達速度が、流れに沿った方向と逆行する方向で違うことと同じ原理である。しかし結果は、どの角度で測定しても光速が変化せず、実験は完全な失敗に終わった。実在すると信じられていたエーテルの影響は全く無かったのである。これによってエーテルは物理学界からは姿を消す。一方、この失敗した実験の結論「光速の不変性」は1905年の特殊相対性理論の発表につながった。
特殊相対性理論は、光速に近い高速の物理現象を記述するための理論である。特殊相対論は重力の影響を含めておらず、重力の作用を取り入れた一般相対性理論はアインシュタイン自身の何度かの修正の後に1915年頃に成立した。

光速に近い速度で移動する粒子の物理学を記述するには、前掲の量子力学と特殊相対性理論の統合が必要となるため、物理学の次の展開として相対論的量子力学が誕生する。
しかし、光速に近い高エネルギーの粒子を衝突させる散乱実験では、波動と粒子という従来の量子力学での二重性だけでなく、粒子の高い速度エネルギーによって元の粒子と全く異なる種類の多数の粒子やその反物質が生成される事象を記述する必要がある。相対論的量子力学ではこの現象を記述する事ができない。
この状況に対応するために、粒子を波動的に扱う通常の量子力学ではなく、波をその媒体から記述する場の理論を量子化して場の量子論が作り出された。場の量子論では、粒子の生成・消滅を量子的に取り扱う第二量子化によって、粒子のように1つ2つと数える事が出来る量子場上の波が、生成したり消滅したりする描像を表現する。また、ニュートン力学が相対性理論の低速での近似理論であり、マクロな現象での量子力学の近似理論であるように、従来の量子力学は場の量子論における低エネルギー状態での近似理論となっている。

現代物理学の素粒子標準模型は全て場の量子論によって記述されており、現在研究途上の大統一理論(GUT)や超対称性大統一理論(SUSY GUT)も、この場の量子論に基づいて研究されている。重力を含む超弦理論などは、場の量子論とは異なる枠組みだが、超弦理論のさらに高次の理論として超弦の生成・消滅を取り扱う、弦の場の理論(SFT)の研究が進んでおり、量子場は物理の根源的描像と見なされている。
場の量子論による計算では、ファインマン・ダイアグラムという描像が理解しやすく頻繁に用いられる。例えば、手で壁を押すという状況を手と壁の接点だけで説明すると、手の表面の細胞-(の中の)分子-(の中の)原子-(の中の)電子と壁の表面に存在する電子との間の電磁的な力相互作用だが、場の量子論の描像では、手の電子から壁の電子に向かって仮想光子が移動する事で力を伝える。(量子論では、ごく短時間のミクロな現象で光速を超えた光子が存在して「仮想光子」と呼ばれる。)
光子は電磁波であり、電磁波の粒子的描像が光子である。このように日常で働く力の大部分は電磁相互作用であり、電磁相互作用の強さは微細構造定数(アルファ)によって決められる。上述のように2つの電子の間を仮想光子が移動が移動するダイアグラムでは、(手の表面の)電子Aと仮想光子、仮想光子と(壁の表面の)電子Bの計2箇所で粒子間の接点があるため、この反応の力(起きやすさ)はアルファの2乗に比例する。
しかし、量子力学で一つの電子の波動が2つのスリットを通過して干渉するように、場の量子論では類似の異なるダイアグラムからの影響も受ける。例えば、上述の2つの電子の間を仮想光子が移動する場合、仮想光子から電子と陽電子のペアが対生成され、さらに対消滅を起こして再度仮想光子に戻るダイアグラムなどが影響を及ぼす。量子力学で観測されない途中経過が干渉するように、基本ダイアグラムの世界線とは異なるもう一つの世界線が干渉しているような状況である。この場合、元のダイアグラムと比較して、仮想光子と対生成される粒子・反粒子対と対消滅する粒子・反粒子対と仮想光子の2点が追加されるので、影響度は元のダイアグラムに対してアルファの二乗倍程度の大きさ(小ささ)となる。
実験による観測では、この微細構造定数アルファは、約137分の1という値であることが分かっているので、図形が複雑な高次のダイアグラムほどアルファを乗じることで影響度が小さくなっていく。
ここで微細構造定数アルファについて詳述したのは、SPAが存在するF42の施設の名称がSSAS(Space Station Alpha Squared)のようにアルファの2乗を含んでおり、物理理論のメタファーの要素を含んでいる事による。SSASの存在するF42はI/Thereクラスターに接触するフォーカスレベルでもあるが、F34-F35のI/Thereが過去や未来を含む自分自身(※)であるのに対して、I/Thereクラスターは自分の近い存在、アルファの2乗程度異なるダイアグラムのように量子的に隣接する世界線の自分、あるいは異なる世界線で自分であり得た存在のようだ。
(※)文脈によって用語が異なるが、グループソウル(類魂)や全てのソウルエクステンションを含む広義の「ソウル」のように、体験を直接共有する存在はクラスターでは無くI/Thereの側にを含まれるように感じられる。

辻 麻里子の著作『22を超えてゆけ』シリーズの中には場の量子論という言葉は無いものの、1/137が謎の一つとして出てくる。この謎はシリーズの中で明確に解答されていなかったように思う。
なお、F49の施設の名称はSSAXであり、同じ類推をするとSSASとの対比で考えるとアルファのx乗(任意の乗数)のメタファーが含まれている。F42との相違は、I/Thereスーパークラスターには宇宙誕生以来の全ての量子的可能性(任意のx乗の相違を含む)、全ての世界線に対応する存在が含まれていることになる。このような全ての量子過程の影響を足し上げる計算が場の量子論の中に存在し、全てのダイアグラムを足し上げた結果が物理現象の正しい発生確率を与える。このような計算手法は摂動論と呼ばれている。縁起という言葉が示すように、私たちの見る世界は全ての世界線の影響も含むことで成立しているのである。

ここで再びエーテルに話を戻す。上記のとおり、光を運ぶ媒体としてのエーテルは否定されたが、量子場として復権した。量子場それ自体は物質ではなく、マイケルソン・モーリーの実験のようにエーテルの風を起こすような事が無いが、場の量子論に基づく素粒子モデルは精確な予測が実証され続けている。さらに、量子場から予想される真空エネルギーが実験で立証される事で量子場の実在性が確立された。(カシミール効果)
量子場は光を運ぶエーテルの機能に加えて、近代神智学がエーテルと同一視したアーカーシャのように宇宙誕生以来の情報を保持しているだろうか。
場の量子論では、情報が失われない事が知られている。このことを示す特徴的な事象として、ブラックホール情報問題がある。ブラックホールは、質量・回転速度(角運動量)・電荷のみの情報を保持するため、ブラックホールに吸収された物質の情報は消滅してしまうように考えられていた。これは消滅しないはずの情報が消失する物理学の情報パラドックスとされていたが、現在では幾つかの証拠によって情報は消滅せず保存されると考えられている。その証拠の一つは、AdS/CFTと呼ばれるホログラフィック理論の発展である。これは重力を含む弦の理論は、重力を含まない場の量子論の一次元低い時空での理論と等価だという発見である。

ブラックホールは重力現象だが、重力を含まず情報が保存される場の理論と対応関係が付くことから、重力を含む理論の側でも情報が消滅していない事を示唆している。具体的に、どのようにしてブラックホールを含む系の情報が維持されるのかというメカニズムについても複数の研究があり、その一つではブラックホールが物質を吸い込んだ際に拡大するブラックホール表面(事象の地平線)の面積に保存される量子情報と吸い込まれた物質の持つ情報量が同等であるという計算結果があり、ブラックホールが蒸発する時に、表面に保持されていた情報が蒸発する粒子と共に復元される。近年の研究では、ブラックホールは物質を飲み込む巨大な穴では無く、気体、液体、固体などと類似の意味での物質の相転移であり、高密度な状態ではあるが事象の地平面を持たないとの仮説がある。ここでは、凝縮した粒子が高密度の層を成しており、情報は物質粒子と切り離されず、蒸発とともにブラックホールから出てくることになる。
このように、量子場とその構成物からなる宇宙はインド由来のアーカーシャと同じく全ての情報を失うことなく保持しているようである。このように量子場をエーテルやアーカーシャと見なす立場は、示唆的あるいは論証が不十分ではあるが、アーヴィン ラズロ著の『叡知の海・宇宙』などに見られる。

[エーテル体]
エーテルやアーカーシャが量子場だとすると、エーテル体はどのような現象だろう。全ての物質にエーテル体が付随するように、全ての物質に対して派生する場の量子論の現象がある。これは真空偏極と呼ばれ、例えば電子が存在するとき、電子の場は電子の周辺でプラスの電荷とマイナスの電荷が偏極現象を起こす。電子の量子場は粒子を対生成するエネルギーに満たない状態で、無数の電子とその反粒子の陽電子が対になって凝縮した状態である。ただし、量子論的には不確定性原理に基づいて、極めて短い時間であれば高いエネルギー状態を取る事が可能なため、直接観測されない短い時間レベルで真空中の電子と陽電子が対生成と対消滅を繰り返している。真空偏極の中心に単独で存在する電子はマイナスの電荷を持っているので、対生成と対消滅を繰り返す電子・陽電子対のうち、プラスの電荷を持つ陽電子は中心の電子に引き寄せられ、マイナスの電荷を持つ電子は遠くへ押しのけられる。このように、電子の周りの電子・陽電子からなる場の偏極は裸の電子を覆い隠し、実際に物理的な反応をするのは中心の電子では無く、この電子の偏極である。眼が光を感知する時も耳で音を聴く時も、あるいは食品からの栄養吸収や呼吸、脳の中のニューロン反応も、電子そのものでは無く、その周辺の真空偏極が作用している。

インドのウパニシャッド文献および後の時代のサーンキヤ学派やヨーガの身体観では、物質的身体(食物鞘:アンナマヤ・コーシャ)から歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)までの5つの鞘(パンチャコーシャ)のさらに内側に真我(プルシャ)が存在する。この5つの鞘うち、2つ目の生気鞘(プラーナマヤ・コーシャ)がエーテル体に相当し、呼吸によって身体にエネルギーを取り入れて、循環・排出する作用を持つ。3つ目の意思鞘(マノマヤ・コーシャ)は感情体に相当し、4つ目の理知鞘(ヴィジュナーナマヤ・コーシャ)は理性を、5つ目の歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)は記憶を司る。
一方、仏教では粗大身(肉体)や微細身(霊的身体)などの言葉は存在するものの、特に唯蘊無我説の成立時期から大乗仏教での唯識・中観派までの流れ(日本では南都六宗での倶舎宗、法相宗、三論宗)の中で、出来る限り実在論的な身体・物資観を避けて、五蘊(色受想行識)の作用としての説明を重視しているように見える。出所が同じインド哲学にある事から、五蘊と5つの鞘は相互に対応が付く要素が多く、第一の色蘊を食物鞘に対応させ、第二以降の受蘊から第五の識蘊を生気鞘から歓喜鞘に対応させる事が出来る。この場合、第二の受蘊(感受作用)が生気鞘(プラーナマヤ・コーシャ;エーテル体)の作用に該当するので、上述のとおり、物理的身体に沿って存在する量子場の真空偏極がこの役割を果たしている。また、情報を蓄える量子場の作用は歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)あるいは識蘊に対応する。
上記のとおり、全ての物質には真空偏極(エーテル体)が伴うが、量子場そのものには情報が蓄えられており歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ;識蘊)の役割を果たすことが出来る。物理学の用語によって、非物質な諸身体を表現する事には違和感が感じられるかもしれない。しかしながら、サーンキヤ学派やヨーガの伝統では、純粋主体(プルシャ)以外の全ての要素は、内面的な思考や感情を含めて全てが認識の対象物(プラクリティ)として物質に近い客体として扱われる。この主体と客体の境界線は、物質世界を自然科学の対象として内面的な思考や感情と区分した、デカルト的(西洋的)な二元論の区分とは大きく異なっている。人工知能を例として考えてみれば分かるように、物体としてのコンピューターだけでなく、CPUで行われる演算(思考)の内容やHDやSSDドライブに蓄積される情報(記憶)を含めて、物質的な理論で理解が可能であり、モニターの前に存在する人(主体;プルシャ)の存在だけが、物質的理論の対象外である。このように、上位の諸身体もまたエーテル体の作用を持つ量子場に対応し、物質的身体に付随するエーテル体と量子状態を介して結合している。

ここまで、主として電子の量子場の真空偏極について記載したが、ゴッドフリー・レイ・キングの著書には電子の身体という表現もある。ただ、その一方で一般には光の身体(ライトボディ)という表現が多いので、電子場の真空偏極が光と同様の作用をし得ることを記載する。前述のとおり裸の電子が存在するとき、その周囲の真空は電子の作る電場の影響で真空偏極を起こし電気双極子を構成する。一方、(可視)光は電磁波が特定の波長域を取る時に眼で見る事が出来る物であり、電場と磁場が相互に作用しながら空間を伝播する波である。このとき、場の量子論の観点では電場が電子の場の真空偏極を引き起こしており、真空偏極が波として伝わっていく現象という側面がある。この反対に真空偏極した量子場は、光と相互作用を起こす。実験においても、電子のようなスピンを持つ粒子を磁場中に置くと、おもちゃのコマが揺れるような歳差運動(振動)する事が実証されており(ラーモア歳差運動)、真空偏極の描像はそのまま光の身体に対応している。なお、量子場には全ての振動数が存在するが、物質(身体)に結合して影響を及ぼすのは、肉体に付随する真空偏極(エーテル体)と共鳴する振動数に限定されると考えられる。
このことから、真空偏極(エーテル体)からなる身体は、振動数を可視光のレベルに上昇させることができれば、光を放つ、あるいは「虹の身体」のように吸収した光を様々な形で放出する事が出来る。さらに、物質的身体周辺の真空偏極を同じ強度でエーテル体で再現した場合、物質体が存在するのと同様に作用するため、非物質の身体で見たり触れたり出来る事も説明できる。
SPAの名称であるSubatomic(亜原子)という名称は、物質的な(量子的に励起した)素粒子だけを想定するのではなく、このような量子場の(半物質的)作用も想定しているようである。

量子論では、このエーテル(体)とそれを構成する量子場には全ての過去の情報を蓄えている。SPAで、エセリック体を癒すという場合、この情報を書き換える事と同義となる。これは別の世界線への移動あるいは過去の変更と同義である。過去が実在して確定しているという考え方からすると、過去の変更という行為は奇妙に感じられるかもしれないが、過去とは現在の量子場に存在する量子情報であり、量子的に並行な世界では異なった過去が存在する。PCのモニターがどのような画像でも表示できるように、多世界解釈での量子場には実現しなかった別の全ての可能性も存在している。
これは『奇跡のコース』の赦しと類似している。奇跡のコースの考え方では世界は実在しておらず、過去も実在では無い。赦しとは単にその過去が存在しなかったことを認識するだけである。
禅の話だが、道元は諸悪莫作を異なった仕方で解釈した。 『正法眼蔵』で、道元は「諸(もろもろ)の悪を作(な)さ莫 ( な ) い」(悪事を働かない)という道徳律ではなく、「諸悪は作(な)され莫 ( な )ない」と読み替えてみせた。ただ量子のダンスがある。エゴは実在せず無我である。故に、行為者も無く行為も存在しない。そして諸悪は為されえない。

量子場には、眼の前の不完全な世界も含まれている。F49のアルファのx(任意)乗の観点では、量子場上の全ての可能性は満たされる事で初めて宇宙は完全となるので、この不完全な世界もまた欠かすことが出来ない。不完全に見える全ての事象を含むことで、宇宙全体は完全である。また、このF49の視点では、全ての可能性が実現されているので、特定の何か(行為)が選択される事が無い。この視点でも、私たちは行為者ではありえない。全ての部分が満たされてF49を超える時、実数が孤立した数の集まりでは無く、より高い密度の一元的存在であるように、非二元の世界が広がっている。

通常のエネルギーでは、真空偏極に覆われた電子の本体を見る事が出来ないが、高い振動数(エネルギー)の光はより電子に近づくことが出来る。このとき、裸の電子に近づくことにより微細構造定数アルファは徐々に大きくなる。この現象は、走る結合定数 (running coupling constant)と呼ばれ、電磁相互作用以外の核力等(強い力、弱い力)に関連する結合定数も高いエネルギー域では徐々に変化する。
このとき、超対称性と呼ばれる機構が存在すると、あるエネルギーで全ての力(電磁気力、強い力、弱い力)が同一の結合定数となり、大統一理論が成立する事が分かっている。超対称性とは、電子のような物質粒子と光のように力やエネルギーを伝える粒子の間の対称性である。したがって、この高エネルギーでは、電子などの粒子は真空偏極無しで反応し、光と同種の存在になっている。それ以上のエネルギー領域では、物質(身体)と光の体のような区分が存在しない。

さらに振動数を上昇させると、重力も統一理論に含まれるようになる。
量子力学に特殊相対性理論を取り込むと量子場という形式でエーテルが表現された。このエーテルから成るエーテル体は肉体と精神が結合する機構であると同時に対外離脱のメカニズムを発生させた。
一方、一般相対性理論によって、重力は時空の歪みであることが分かっている。重力の量子論がどのように定式化されるのか確定していないが、一般相対性理論(時空)を量子化する事で宇宙(時空)を超越する体験のメカニズムへの理解が期待できる。

哲学者イマヌエル・カントは、人間の感性にそなわった主観的な形式であると主張した。この理由の一つとして、人間には物自体を把握する能力が無く物自体そのものを把握できるのは神のみであり、人間は「物自体に触発されて生じる現象」をとらえることができるだけ、という彼の哲学が根底にある。また彼は、認識にアプリオリとアポステリオリの区別を設定し、認識を主観と客観の協働としている。
ここで、物自体を真の実在である量子場に置き換え、粒子描像を「物自体(量子場)に触発されて生じる現象」、アプリオリな認識をQBismでの事前確率の認識とすると、量子論と同一の主張となる。

現在では、宇宙の創成も量子効果によっていると考えられている。宇宙開闢以前の時間も空間も無い「量子場」は、実現可能な全ての宇宙の存在と不在とそれらの宇宙の中での全ての歴史を含み、この宇宙に存在する全ての量子場の可能性を含んだ、時間以前かつ永遠の統一場である。私たちの本質が永遠の存在でだとすると、私たちの故郷もこの統一場であり、また私たちは時間を超えて常にそこに接触している。

コメント(3)
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aya

物理を知らな過ぎて何が書いてあるのか???というところが、またしてもいっぱいあり残念でしたが(;^ω^)、わからないながら、物理の観点からはそういう説明があるのですねというのが新鮮でした。
「量子場には全ての振動数が存在するが、物質(身体)に結合して影響を及ぼすのは、肉体に付随する真空偏極(エーテル体)と共鳴する振動数に限定されると考えられる」というのはリーボールにつながる話で、「物質的身体周辺の真空偏極を同じ強度でエーテル体で再現した場合、物質体が存在するのと同様に作用するため、非物質の身体で見たり触れたり出来る事も説明できる」というのは体脱体験につながる話ですよね?(・・・違ってるかもしれない ;^_^A)
そして「ただ量子のダンスがある」「私たちは行為者ではありえない」ことなどが、そんな風に説明されるんだ・・・という辺りも、わからないのにとても興味深く感じました。
ちょうど今、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」を読んでいるところだったので、ちょっとだけシンクロしたかも?です。
体験シェアありがとうございました(*^-^*)


2023年3月24日 10:38

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B

ayaさん、コメントありがとうございます。リーボールも体脱もコメントいただいたとおりです。
リーボールに関して追記すると、ハート(心臓)が作り出す磁場と真空偏極の相互作用がリーボールでは無いかという気がしています。
類似の例として、地球の場合には、宇宙から飛来する高エネルギー荷電粒子(宇宙線)によって地上の生命が傷つけられるのを防ぐために、地磁気が(生体)防御機能として作用しています。一方、人体では、心臓が強力な磁場を作り、その磁場が人体全体を覆っていることが分かっています。
地球を大きな生命体と考えると、生命が種を超えて同種の生体機能を共有しているように、ヒトも地球と類似の防護機能を持っているのかもしれません。
またハートの磁場は、感情などの内面の変化によって、強さや振動数も変化するようです。
意図してリーボールを強化する時、ハート磁場の変化が真空偏極のような量子的現象にどのような影響を与えるのか興味深いところです。

2023年3月25日 15:58

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aya

なるほど、だから「ハートソング」というCDを聴くと、すっきりするし、体調がよくなるし、実感として効果が出やすいのかもしれません。
またセミナーでお会いする時にお話聞かせてください(*^-^*)

2023年3月26日 09:59

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