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体験シェアルーム

体験シェアルームは、アクアヴィジョン・アカデミーのヘミシンク・セミナーに参加したときの、体験や気づきや、その後の日常生活を通したさまざまな出来事や気づきなどを、発表したり語り合ったり、シェアするための集いの場です。投稿された記事に対して、コメントを投稿することができます。皆さん、どしどし投稿してください。
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「ガイドラインズ」の一覧

ニックネーム : B

【情報の物質性】
情報という概念は誤解されており、真理も情報として獲得できると誤解されているが、情報はとても物質的な存在である。例えば、肉体を流れる血液が、酸素や栄養分といったエネルギーなどを運ぶのと同じように、神経細胞を流れる電気的な刺激は情報を伝えているが、これは血流と同様な肉体の構成要素である。電線やガス管はエネルギーを運び、上下水道では水も運ばれている。情報を運ぶ電話線や光ファイバーも同様の物理的サービスだといえる。また、量子的な情報量が物理法則に従うように、情報は形而上学的な存在ではなく形而下的で物質的な存在である。
情報はデータであり、離散的(デジタル的)な数字で表されるため、連続的な数(実数)とは異なり、分離の世界に対応した存在である。

【情報と数】
物質・非物質ともに、形のある世界(形而下)では、情報の次元を持っている。
この情報のデータ量は、2進数で0か1かを決める1ビットなどの単位で、「数字」として表される。
物質世界で触れる情報は、例えば動画などで保存が出来るが、画像や音に加え、味覚、嗅覚、触覚、意識に浮かんだ物事もデータ形式を決めて追加すれば、データ量はさらに大きくなる。
この宇宙全体の情報を保存する場合には、データ量は更に膨大な大きさになるが、大きな数ではあっても、有限の数字である。
宇宙の未来までを含める場合、もし宇宙が無限の時間存続する場合は、データ量は無限大となる。この無限大とは、0や1の形式での情報が無限に続くという意味での無限大である。

<背景等1>
旧約聖書の神は、髪の本数のような大きな数を数えられるとされていた。
古代ギリシャのピュタゴラス学派では、自然数(整数)に加えて、2つの数の比である有理数(分数)によって、世界を理解できると考えた。ピュタゴラスに基づく音楽の和音(純正律)は、振動数の比率が簡単な分数となる。(ドとソは1.5倍など)
このピュタゴラス教団の教義には、矛盾が存在した。一辺の長さが1の正方形の対角線は、2の平方根だが、このような簡単な幾何学図形も分数では表現出来ない。ピュタゴラス学派自身のシンボル(五芒星を重ねた図形)に現れる黄金比も分数では表せない。
この知識は、教団内で秘密とされていたが、教団に所属するヒッパソスが公開してしまい、その後ピッパソスは姿を消した。殺害されたとも言われている。古代ギリシャの秘教集団で発生した殺人事件・・・似たような過去生体験を聞いた事がある。
この経緯を知ったプラトンの教義では、自然数と分数に加えて、幾何学や方程式に現れる平方根などの無理数が含まれ、彼の設立したアカデメイアの入り口には「幾何学を知らざる者は、この門をくぐるべからず」との言葉が掲げられた。
この場合の無理数は、方程式の解などとして現れる代数的数に限定されるが、後のカバラでは、神に繋がる数の体系として代数方程式の解として現れない円周率πや自然対数eのような超越数も認識されるようになる。
<背景等1完 >

【情報を超越するワンネス】
0と1から出来ている情報(データ)の頭に「0.」を付けると、0.10110…のような数になる。これを二進数の少数と考えると、数直線(実数)の0から1までの範囲内の数となる。(二進数では、各桁が2になる段階で繰り上がるので、整数の場合1+1=10のように10が10進数の2を表し、少数では0.1+0.1=1.0のように0.1が10進数の0.5(1/2)を、同じく0.01が10進数の0.25(1/4)を表す。)
データの最初に0が多く、0.000…となる場合は数直線の0に近ことを意味し、1が多く0.111…の場合は1に近い点を示している。
この変換で、宇宙の未来・過去を含む巨大あるいは無限の情報も、数直線上の1点を指定する操作に置き換えられてしまう。小数点以下のある桁までで終了する数列は有限な宇宙、同じパターンを繰り返す有理数は循環する宇宙、大部分の超越数は無限に続く循環しない宇宙。ここでは、全ての情報パターン(1と0の組み合わせ)、つまり全ての可能性が存在している。地球が太陽以外の恒星を巡る宇宙も、太陽系がアンドロメダ銀河に存在する宇宙も含め、考えられる全ての宇宙は数直線上に存在している。
その中には、同じ宇宙であっても、私がこの世界での私ではなく他人である宇宙も存在する。この世界で他者として現れる人物は、異なる世界における私であり、反対にその人物が私である世界では、この私<人格>は他者である。私に帰属する(この)世界の点では、私はただ一人この私<人格>であり、数直線の別の点・別の人物に帰属する世界ではその他人が唯一の「私」となる。
また別の点では、私はこの私<人格>でありながら、異なる可能性を生きている。
各点は、それぞれ異なる私に帰属して、意識レベルがその中に埋没している場合、他者を生きている世界や、この私<人格>でありながら異なる可能性を生きている世界を認識できない。さらに近視眼的(物質的)な意識は、同じ点の中でも過去や未来の情報を読み取ることが出来ない。
なお、今認識している情報(01001…)が「今」の本質ということではない。自己の認識作用自体が「今」であり、意識レベルの違いによって、過去から未来までを認識する意識も、世界の枠を飛び越えて複数の平行世界を把握する意識も「今」として存在する。数直線上のある点での小数点以下の0,1といった数字の並びから、過去⇒未来という時間の並びを設定する事は出来るが、認識作用無しには「今」という特定の点は設定されない。
意識を拡大した時に見えてくるこの数直線(実数)の世界の本質は、「全ての可能性が存在している」「各世界が完全に連続である」という2点で、数えられる数の多数の個別世界が集合したものではない。各世界は無限に近接した類似世界と連続的に繋がっているので、パラレルな世界が並列で存在しているという描像とは異なっている。連続に存在する世界の中には、パラレル世界も含まれているが、それは無限に存在する実数の中の異なる一点に過ぎない。このため、私がこの私である世界と私が他者である世界をパラレルで交流の無い別世界と見るのは、まだ物質的な見え方であり、実際には連続的に繋がっている。
また、時間についてより正確に記すと、今この瞬間の世界(宇宙)と過去や未来の世界(宇宙)が連続的に繋がっているわけではなく、断絶している。意識は、短い瞬間ごとに、無意識との間を行き来している。意識の拡大時には、無時間で無意識である領域に気が付くようになる。これは、意識が数直線上のある点(のある桁の周辺)から矛盾が無い範囲での別の点(のある桁)へと跳躍をしている事を示している。このため、世界に時間順序はあっても、世界自体が変化するのではなく、意識が世界から世界へと跳躍を繰り返す。
薪は灰になり灰は薪にならないが、灰は後で薪が先ではない。薪と灰は前後があっても、その順序関係は連続では無く絶ち切られている。(正法眼蔵より)

<背景等2>
無限大について思索した数学者カントールは、ユダヤ人の血を引いていた。彼自身はユダヤ人(ユダヤ教徒)ではなくカソリックであったが、母方が隠れユダヤ人(マラーノ)の家系でもあったようである。ユダヤ教の中で、神秘主義的なカバラでは、巨大な数が神の創造に関連する概念と見なされたが、カントールもヘブライ文字、ℵ(アレフ)を用いて、各種の無限大を表現している。
カントールは、まず加算無限をℵ_0と名付けた。加算無限とは、数を無限に数えていった極限(1, 2, …∞)で、先ほどの例でいえば010100010011101…といった無限数列の桁数に該当する。
この無限大のℵ_0は、通常の数とは異なり、以下のような性質を持っている。

ℵ_0+ℵ_0=ℵ_0 (1)
ℵ_0×ℵ_0=ℵ_0 (2)

(1)の例としては、奇数全体の集合(無限大)と偶数全体の集合(無限大)は自然数の部分集合だが、これらを合わせた自然数全体の集合(無限大)は無限大としては同じ(同じ濃度という)になるという性質を表している。
一見奇妙な数式だが、例えば偶数を2で割ったもの全体を自然数と対応付けると、全ての数が完全に対応して、無限大まで漏れなく包含できることが分かる。
2÷2⇒1、4÷2⇒2、6÷2⇒3・・・
これを情報という観点に置き換えると、例えば外面世界の情報と内面世界、あるいは視覚と聴覚などの情報がそれぞれ無限大であったとしても、合わせた情報の濃度は同じになるという事が成り立つ。
また、(2)は無限の情報の間(例えば外面世界と内面世界)で相関的な関係を持たせても、濃度は変わらないという事を意味する。
ここから、数直線上の同一点の世界がどのように構成されていたとしても、濃度は同一だという事が出来る。つまり、世界の内部(ある一点の点の内部)での努力で世界を変更する事によっては、異なる濃度へは跳躍出来ない。この試みは、0と7の情報を変更する事になるので、異なる点へ至る努力であり、移行した点も、数直線上の孤立した特定の点世界ということになる。
足しても掛けても変わらない無限大の濃度を変更(拡大)するにはどうしたら良いのか。
これは、べき乗という計算で達成される。
2^(ℵ_0)=ℵ_1
2のℵ_0乗は、より高い濃度ℵ_1となる。また、これが実数の濃度である。
この計算が何を意味しているのか、組み合わせとして考えると理解しやすい。
2のℵ_0乗は、ℵ_0回だけ2択を行う組み合わせのパターンに等しい。
簡単な類似の組み合わせの例として、前菜・主食・デザートの選択肢がそれぞれ2つずつ存在するコースであれば、組み合わせのパターンは2の3乗で8通り存在する。
2のℵ_0乗の場合、0.1100101…という無限に続く少数の各桁で0か1かの選択を行う組み合わせのパターン数に等しい。つまり、0.00000…から0.111111…まで、数直線の0から1までの全ての数を網羅している事をしめしているので、実数に等しくなる。それと同時に、全ての0と1の組み合わせ、全ての情報あるいは世界のパターンが網羅されていることになる。
<背景等2完>

仏教では、三千大世界と呼ばれる膨大な数の個別世界(1000の3乗個の世界)を一人の仏が教化するとされている。これも、ワンネス(実数)側の視点に立って個別世界(実数上の個別の点世界)を見ると、誇張表現では無いことが見えてくる。
この一方で、個別世界はワンネスに包含されていることから、両者は隔絶されたものでは無く、個別世界に埋没した意識にも並列する複数世界が反映される。(一念三千)
ワンネスの中に個別世界(迷いの世界)があり、個別世界を離れてはワンネスも存在しないとことから、「迷を大悟するは諸仏なり、悟に大迷なるは衆生なり。(現成公案 道元)」のような表裏一体の関係にある。

【ワンネスの階層性】
実数は、個別の数や対応する個別世界と異なり、連続であり分離の無いワンネスである。数直線上の各数値が完全に実数上に埋め込まれて分離しがたいように、ワンネスから個別世界が流出したのか、あるいは各世界は幻想なのかという議論には意味が無い。世界はその始めから終わりまでワンネスの中に存在するが、ワンネスに対して無限小の点である。
小数点以下の各桁の数値(0や1)を読み続けても、数直線(実数)全体が把握できないように、世界を内側から認識する意識とワンネスの意識では、そのありようが異なっているに過ぎない。
それでは、ワンネスの世界は実数という表現で尽きているのかというとそうではない。
2のℵ_0乗を考えたように、以下のような無限大の体系を考えることが出来る。
2^ℵ_1 = ℵ_2, 2^ℵ_2 = ℵ_3, …
例えばℵ_2は、実数上に連続的に存在するの全ての点について、2つの選択択を持つような濃度を持っていて、ℵ_1(実数)は、ℵ_2内の特定の無限小の点(組み合わせのパターン)だという事ができる。
これらの全ては、実数の場合と同様に連続で、ワンネスを構成している。ワンネスは連続でありながら階層構造があり、黄金のスープや個別存在を超えた灰色の世界といった体験を超える奥行きを持っている。
華厳経の相即相入という言葉は、「一の中に多があり、多の中に一がある」などと説明されるが、『華厳五教章』の中では、縁起は事物どうしが「相即相入」することで起こると説明されている。個別世界の個別事象も相即相入するのであるが、個別世界がワンネスと相即相入する事によって(この話の中では、特定の数が実数の中に存在し、逆に無限の数の集合から実数が構成されるように)起きていると捉えることが出来る。
さらに、実数はより高い階層のアレフ数と相即相入することによって成立している。これら全体でより大きなワンネスを構成している。ワンネスを海に例えると、個別世界の水の表面に対して、浅瀬や深海が存在するようなもので、ワンネスの体験も階層の高低が存在しその全体でワンネスの世界を構成する。このため、ワンネス体験もその深浅に応じて、無数の異なる体験となる。
個別世界と低い階層の実数(ワンネス)との関係は『大乗起信論』の記述と比較する事も出来る。その説明では、真如(真の存在世界;ワンネス)が無明の影響(薫)により、盲心を生じ、無明に逆薫する事で盲境界(分離した世界認識)を生じるという形で世界が生起される。無知がワンネスを分離したものと見なし、分離に対する信念が無知の認識自体に逆影響して、業(カルマ;心のはたらき)が発生する。(業相)
分離という視点で数を見てみる。2進数で0以上1未満の少数を、各桁ごとに認識する時、小数点以下第1位の数値が0の場合には、読み取る数値の点は、実数の0から1までの中間点(10進数の0.5)より0に近い点にあり1に近い半分(0.5以上の可能性)は除外され、1の場合は中間点より1に近い位置にあり0に近い半分は無視され、その残り半分が選択される。同じように第2位の数値が0の場合は残った範囲の小さい側が選択され(0.00…の場合は0.25未満)、1の場合には大きい側が選択される。このように、ある世界特定していく認識(具現化)は、本来一体である連続的な世界を分割し、選択し、それ以外を排除する行為となる。また、この構造は明らかに両極性(二極性)と通じるものとなっており、二極性によって、この世界が具象化されている。
ここから言えることは、真理はこのような二極性に基づく情報ではないという事である。
情報とは有限な数だったが、加算無限、実数、その先の無限の世界は有限な数の演算では到達できない。このため、真理を言葉で示唆する際は、「瞑想での体験」を暗示する遂行指示の命題など通常の言語使用から外れた語りかけにならざるを得ない。
これは、無限回に数えるという仮想的行為でℵ_0に到達し、具象世界で実行不可能な無限回のべき乗でℵ_1が生成されたように、具体的言語が直接的に位相の異なる世界の実態を反映する事はできない。(言語記号とそれが示すものの通常の関係ではないため、言語学的なシーニュの構造とは様態を異にするとも言える。)

【ワンネス(絶対有)を包含する無】
無限大の体系は前述の操作で生成されるアレフ数のみではなく、2^ℵ_n = ℵ_(n+1)の繰り返しでは到達できない「巨大基数」が存在する。これは有限の数から実数に到達できなかった事と同様に、実数からは演算で生成する事が出来ない。通常の数や加算無限からは生成できない高い濃度の数の体系であり、実数から始まる無限の体系(ワンネス)は、この巨大基数から見ると無限小の部分として含まれている事になる。
この巨大基数についても、階層が存在する。
巨大基数のうち、最小のものをℵ_ωとすると、2^(ℵ_ω) =ℵ_(ω+1)という操作が成り立ち、ここにも無限の階層が存在している。
有限の世界が通常の認識で、ワンネスが瞑想体験で根源的な絶対存在として認識されたのに対して、到達不可能なこの状態は認識の対象となることが無く、ワンネスの絶対有に対して絶対無として体験される。ワンネスは、根源的な意識であり個別世界に先立つ超マインド素材(ダスカロスの用語)あるいは原初のスピリットだといえる。これに対して絶対無は、意識に先立つものであり、認識しそれ自体は認識され得ないもの(≒根源的な主体<自己の本質>)と対応関係にある。数における無限の分類で理解されるように、ワンネス・絶対有・根源的意識は、絶対無・根源主体の無限小の一部としてそこに包含されている。
このように、有無の無でもなく、虚無の無でもない、存在を超越し内包する巨大な無が示唆される。
このように全ての存在とその可能性は、絶対無である自己の本質に含まれている。
整理してみると、まず、情報の数列の全てとその組み合わせの全てが実数に包含されるように、世界は生み出されることも滅する事も無く、各世界の始まりから終わりまでもが一元的で「存在」に含まれており、さらに全ての世界の可能性の組み合わせのその組み合わせの・・・という無限大の体系を含んだ根源的存在も、無である自己の内に無限小の部分として存在する。
実数を含めた無限の体系が、到達不能なより巨大な数体系の一部に含まれて存在しているように、ワンネスを含めた存在全体は、より広大な絶対無の場の中で存在することが可能となる。このため、絶対無は存在を存在たらしめる場所、無は「存在の場所」を構成していると捉えられる。ここで、絶対無は認識されることのない認識主体であり、絶対有は認識される客体とその素材であるため、認識の客体が認識主体の場の内側に存在するという構造になっている。

【絶対無の観点から観るカバラと老子】
カバラにおいても、無限大に先立って無が存在するとされている。無が無限に先立つのは、ここまで見たように無限は無に内包されて存在するからである。0と1から成る情報の性質(個別性)が、全ての可能性が網羅される実数の中で溶解するように、ワンネスの原初の性質(絶対的存在の特性)も、存在認識を超えた(原初の意識に先立つ)絶対無の中で溶解する。
また、絶対無である自己(≒プルシャ)は、個別の世界の中にも浸透して、「今」という瞬間によって世界を認識し、絶対有(≒プラクリティ)は世界を生成していく。
この観点に立つと、『道徳経』についての老子の宇宙観が見えてくる。

道の道とすべきは、常の道にあらず。
名の名とすべきは、常の名にあらず
無は天地の始に名づけ、有は万物の母に名づく
故に常に無は以ってその妙を観(シメ)さんと欲し、
常に有は以ってその徼(キョウ)を観(シメ)さんと欲す
この両者は同出にして、名を異にする
同じく之を玄と謂う
玄の又玄、衆妙の門なり
老子『道徳経』

無限と無に則ると、3行目以降は以下のようになる。
無は世界の始めであり、有(絶対存在)は個別世界の母体である。
時間を超越する無は、認識主体として妙(神秘、法則)を明らかにしようとし、認識の客体として世界を形作る有は徼(境界、分離、具象化)を表現する。
これらは共に同じ玄(深遠で認識されないもの、高次の絶対無)から現れる。
玄[{(絶対無、ℵ_ω)から構成されるさらに大きな巨大基数(ℵ_(ω+i))}、あるいはこの操作でも到達できないさらなる巨大数、無の深遠]は、衆妙(すべての神秘)の出現するゲートである。

【ワンネスの表現】
ワンネスは、愛や真理といった表現の方が一般的だが、全ての存在はワンネスの表現であるため、いずれの用語も同一の内容を意味していることになる。それと同時に、どの表現もそのものではありえない。
愛の視点で見ると、愛のみが存在するワンネスへと、無償の愛、無条件の愛、無制限の愛、無限の愛など各段階を経て発展していく。この過程では、私と他者の間の堅固な境界が薄まり、その間を繋ぐ愛という掛け橋が主要な位置を占めるようになっていく。やがて境界は消失し、自己と他者の区別が無くなり、元々は関係性であった愛のみが存在するようになる。
分離の世界では、私(A)と他者(B)は相違しており(A≠B)、またこの二者の関係性(二次的な存在)として愛(C)が定義された。一方、到達点であるワンネスでは、私と他者は区別が無くなり(A=B)、したがって私も他者も存在せず(¬A, ¬B)、二次的な関係性であった愛(C)が唯一の存在となる。
真理に向かう過程もこれと同様に、私(A)と知の対象(B)は認識(C)という関係性を通して接触を開始するが、瞑想(三昧)の中で私は対象と合一し(A=B)、私も対象も無く認識主体(C)のみが残る。ここでは、真理とは私とは別の対象について知る事では無く、私=対象という意識のみが存在する。
ヨーガの説明に対応させると、バクティ・ヨーガ(愛と奉仕の道)とギヤーナ・ヨーガ(知恵の道)が、実際には同一のもので同一の地点に到達する。
あるいは、キリスト教などの一神教で、私(A)と祈り(C)の対象としての神(B)の組み合わせの中で、神との合一(A=B)を迎え、主体も対象も持たない祈り(C)のみが存在するようになる。願望の成就を神に願うのを悪性の祈りともされるが、これは、動機が不純であることのみを問題とするのではなく、祈りの本質は瞑想と同様に合一を目的とする行であり、願望の対象を自身と分離した状態に強く意識し続けることが、この妨げになるためである。
大乗仏教では、覚りに至る過程について三乗と一乗という二つの道程が示され、いずれが真実あるいは方便かという論争(三一権実論争)が行われた。
三乗は、教えを聞いて悟る声聞乗(しょうもんじょう),独力で覚る縁覚乗(えんがくじょう),他者を救済する利他行を行う菩薩乗(ぼさつじょう)に分類され、それぞれで至る悟り(覚り)の境涯も異なる。
一乗は、これらの教説は方便であり、絶対平等の観点からすべての人は成仏でき、唯一の教え・境涯があるとする。
これを、私(A)と他者(B)の区別が無くなるという視点(A=B)から見ると、他者が私を導く声聞乗、私が修行し私自身を導く縁覚乗、私が他者を導く菩薩乗という区別は消滅する。分離によって成立する自他の区分(AとB)が消滅する修行過程(C)自体が、覚りなので、修行と覚りが区別されない(修証一等)という観点からもワンネスである。
菩薩乗の平等性を拡大した先には草木成仏論が現れる。自(我)意識を持つ人・動物に限らず、植物や無生物にも平等に覚りの可能性があるという思想である。ここでの疑問点は、植物や無生物は成仏する(覚る)のか、また成仏するとしたら人の成仏を契機としての成仏なのか、あるいはそれ自体で成仏するのか。
実際には、全てがワンネスの中に存在するのに対して、自意識の働き(無明)によってそこから切り離されてたと誤認するのが迷いのプロセスだった。自分の迷いを意識するようになると、再びワンネスに到達する事を志向するが、元来分離など存在しなかったことに気が付き旅が追わる。
迷いのない無生物が迷っている人間に先んじているわけではない。ユングは錬金術の一派について「物質の世界でまどろみつつ救済を待っている、神と同じ性質を持つ普遍的ソウルを開放するための『救済者である人間』の努力」と語っている。全ての物質が、植物・動物という道筋を通って、自意識の道に迷い、最終的に気づき救済されるという過程を辿るため、錬金術による物質的ソウルの救済は、拡大された菩薩乗だといえる。
そして、広義のトータルセルフとは、物質から自意識を経てワンネスへ、さらにその先へという旅路の全体である。


カテゴリ:ガイドラインズ
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ニックネーム : yoshi

3年前(2016年)のガイドラインズ体験談は投稿済ですが、ISHとの遭遇について近年進展があり、ガイドの実存を信じざるを得なくなりました。
ガイドラインズは私にとってライフラインよりF27に上がりやすく、素晴らしいプログラムでした。

1、2016年のISH体験
(1)煩悩の産物?ニセISH登場
3日目夕方のGuided Tour Total self with ISHセッションにおいてF21交信ポイントで
ISHを見つけろとの無茶振りナレーションがありました。
F21交信ポイントである某レストラン内は長身細身のウエイトレスさんが一人立ってるだけで、他には誰もいません。
トレーナーの教えに従い、有り得ないと思いつつダメ元で「ISHさん?」と問い掛けると、意外にも肯定反応を得ました。しかし男性である自分の「内なる助力者」が女性のはずがありません。どうせ淫らな欲求がでっちあげたニセ者であろうと思いましたが、化粧濃い目の白い細面のご面相がそこそこ美形であったので、自室に連れ込みました。

(2)肉体チューニング
ベッドで寝ている私の腹をニセISHは何かで切り裂き、内臓を摘出、洗面器で水洗いして元に戻しました。
そして洗面器の水を取り替え、次の内臓を水洗い。これを数回繰り返し、腹の裂け目をジップロックみたいに原状回復。

(3)感情チューニング
意外にもISHは我が足のクルブシの辺りから10円玉くらいのプロペラを取り出しました。
直径が10円玉くらいのリングの中心を軸にして、3~4枚のブレード(羽根)が回転するよう出来たプロペラでした。
ISHはブレ-ド間のゴミを取り除き、ブレ-ドを布で拭いてから元に戻しました。
チャクラは7つと言われますが、人体表面には大小数十個のプロペラが埋め込まれているらしく、一番大きな胸のプロペラは直径10センチ以上ありました。ブレードの厚さは1ミリ以上、色は茶色、黒、メタリックシルバ-・ブル-など。色か察するに、材質は鉄のようでした。

(4)霊体改造?チャクラ新製品「コンプレッサー型」
4日目午前はサイレントモーニングで、最初の1本は寝てしまいました。
昨日のニセISHはニセ者の割りには良い仕事をしたので、残2本はニセISHにプロペラメンテナンスの続きをやってもらいました。ニセISHはニセ者呼ばわりに不服なのか、今回は胸の名札に”ISH”と刻んでいました。
プロペラ換装作業が首に近づいた頃、私は「体外離脱できるようにしたい」とニセISHに頼みました。 ISHは小さな黒っぽい筒型の器具を取り出しました。
太さ2ミリ、長さ5センチ程の軸を中心に、口径1センチ程のプロペラが10枚以上重なった、 コンプレッサーのようなものでした。ブレ-ドは剃刀のように薄く、高級素材製のようでした。単純に考えて、給排気力は単枚プロペラの10倍以上と思われました。
ISHはそのコンプレッサーを薄い筒状のカバーで覆い、単毎プロペラを外したコメカミに押し込みました。
首から上は同じように、単枚プロペラをコンプレッサー型に換装してくれました。
筋肉パワーで駆動するので、次の昼休みもプールで泳ぐよう伝えてくれました。
いささか筋肉痛気味でしたが、ニセISHの言いつけに従いました。
3年後にスタ-ラインズⅡを受けた際に見たビデオで、松ぼっくり型の頭頂チャクラが紹介されてましたが、ソックリのコンプレッサーがいくつかありました。

(5)ホンモノさんでした!
ニセISHは長身細身の体型、化粧濃い目のノッペリした細面の顔、キチッとした身嗜み・・・性別以外も全て私と対照的でした。
4日目午後の両極性に関する講義では、受講者の一人から示唆に富む発表もあり、聴いてるうちに自分の中の女性性がISHとして外界に顕現する可能性もあるように思え、一昨日から遊んでいるニセISHはホンモノだと認識を改めました。

2.謎の頭痛2019
ガイドラインズから2年以上が経過した2018年12月から原因不明の頭痛に2ヶ月以上苦しんだ。ニンニク粥を食するうちに耐える体力がついてきたが、スタ-ラインズ(2018年10月)参加時に銀河コアで御馳走になった粥と味も見た目もソックリであった。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=931550487235068&set=a.785490625174389&type=3&theater

3.完治
少し体力が回復してきた2月のある日、ヘミシンクCD(F27)を聴き、ヒーリングセンタ-を訪ねた。そこは娑婆と変わらぬ大病院で、娑婆と変わらぬ診療風景を見てるうちに自分が診察を受ける番になった。
医師は姿形がハッキリしなかったが、ぼやき口調だった。後で知ったところでは本職は東京タワ-に本店を置く「あの世銀行」幹部であった。
「あなたは3年近く前のガンドラインズでISH(Inner Self Helper;ガイドの一種)にチャクラを換装してもらいましたよね?普通は一枚プロペラなのに、10枚プロペラを重ねたコンプレッサーに換えてもらった。その時は良かったけど、今では脳でエネルギ-が詰まる原因になってます。」と述べ、電動ドライバ-で頭頂のコンプレッサーを取り外した。
すると頭に籠もっていた濃密な気体がコンプレッサーを外した空洞から出て行き、1月以上続いた閉塞感・高圧感が嘘のように消失した。念の為、娑婆の病院でも検査して貰ったが、脳は異常なしだった。
医者にも自分にも見当がつかなかった頭痛の原因を1度の診察で突き止め、心霊手術で一発完治・・・人智を越えるガイドの実在を信じざるを得なくなった出来事だった。


カテゴリ:ガイドラインズ
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ニックネーム : aya

こんにちは(^^)トレーナーのあやです。
1か月後に開催されるガイドラインズ、もっとみなさんに内容を知っていただいて、ぜひ参加して欲しくて(開催されることは決まっているものの、まだお申込み人数が少ないもので)、2017年の12月に受けたときの体験を、いくつかこちらに投稿しようと思いました。
以下かなり長くなってしまったので、よかったらお時間のある時に見てください。

まず初めに、このプログラムについてレクチャーを受けました。
「内面の導きにつながり、自分自身をより深く知る。」
「I/There(あちらの自分)に一度つながれば、二度と孤独ではない。
 全ての体験があちらに寄与しているとわかり、I/Thereの発展に貢献しているとわかる。
 経験に善悪も何もなく、全てが貴重。」
たしかに、ガイドラインズを受けて、それまで以上にあちらからいつもどんなときも応援されていることを強く実感できるようになりました。

セッション1 
ひとまずいつもそばにいてくれているガイドさんたちと話そう、と思っていると…
「遠慮しないで。光をいっぱい通して、地上に届けてね」
「もう誰も迫害しないから大丈夫。迷惑かけることも悲しませることもないよ。もっともっと輝いて」
と言われました。
「遠慮しないで」は、もうずーっと10年近く言われ続けていることで(^_^;)
まだまだなのか〜と思いつつ、ありがたくメッセージを受け取りました。
良かれと思って白魔女的なことをしていて、ひどいめにあった過去世がまだひっかかってるのでしょうか(・_・;)
だいぶ浄化したと思うんですけど。。。

セッション2 
白いメーテルみたいな、以前会ったことのある女神様のような存在が、両手を広げてすごく大きな姿で登場。
「さぁ、もっと思い切り遊びなさい、遠慮しないで、さぁ!」
「もう充分変だから、いくら笑われたっていいでしょ」と。
いくら笑われたって、ってまぁそれはそうなんですけど(笑)
「ダイヤモンドみたいに輝いて。眩しすぎてもいいんだよ」と他のガイドさんにも言われたり。。。
そんなやりとりの途中で、輝いてってそんなに言われてもなぁと頭で考え始めてしまい、うまく入り込めなくなってきたので、人間の姿じゃない方が体験に入り込める気がしてきて、犬に変身してみました。
そしたらなんとなく「ここ掘れワンワン」という感じで、穴を掘り始め…箱を掘り出したら、その中からまたしても「輝き」が。
ここまで言われるってよほどですね(^_^;)

セッション7
市販されてる「内なるガイドにつながる」を聴きました。
ガイドを象徴するシンボルや名前を聞いたり、質問の答をもらったりするのが目的です。
宿泊セミナーで聴くと、ふだんより深く入れるなーと思いました。
始まってすぐ、なぜかさかなクンの姿が…ワァ〜って手を振ってくれてます。
ナレーションが「感謝は感受性を増幅させる」と言っているのが聞こえてきて、その前のセッションで「感謝が大事」と言われたこととつながるなと思いつつ…
ナレーションがまた「ガイドに人間の姿になってもらいましょう」と言うのを聞いて、ああ!だから「さかなクン」の姿なのか、ETコンタクトで会った魚型宇宙人と同じ存在みたい?そういえばBar源(F15にあって、よく立ち寄ります)のバーテンさんも魚だった…と思いました。
ナレーションがいくつも質問を読み上げてくれます。
「ガイドが私を助ける方法は?」好奇心を刺激する、とのこと。好奇心が刺激されれば私はそっちに向かうので、そうしてくれてるそうです。
「加速する個人的成長のためにするとよいことは?」好奇心に従うこと、頭で考えないこと、ハートを常に感じていること、感動する、感謝すること。
「人生のこの局面で学んでいることは?」すべてに感謝、一魚一会。
「人生で達成すべき重要な目的は?」人生を楽しむこと。
「この目的のための行動や活動は?」いっぱい感動するといい、ハートが開くから。
この後ミーティングルームに集まったとき「リラックスが大事と言われた」というシェアがあり、このグループにとって「リラックス」は大事なKeyWordになりました。
「リラックス」ってすべてに通じる大事なことというか、深いなぁと思います。

セッション8 
F21で好きなことをしましょうというセッション。
この少し前にあちらに旅立ったブルース・モーエンさんに会ってこよう、と思ってスタート。
以前お会いしたとき、「あまり英語わかんないんです」って言ったら、「ぼくは日本語全然わかんないよ」と優しく言ってくれたのを思い出して、前にそんなやりとりをした者ですって挨拶したら「もう日本語でも何語でもわかるから、前よりコミュニケーションしやすいよ」って言ってくれました。
そしてこんな風に声をかけてもらいました。
「みんなと同じことができなくてもいい。むしろそれが君の役割なんだ。堂々と変わり者でいたらいいよ。大丈夫大丈夫。笑われたら、みんなをリラックスさせた、ラッキーと思えばいい。それも愛だよ。自分の持ち味を生かして。モモになりたかったんでしょう?」
モーエンさんの口を借りて、ガイドさんがメッセージをくれた感じになりました。
みんなが簡単に出来て、自分には難しいこと、結構あります。最近ではスマホの操作でしょうか。。。苦手過ぎていまだにガラケー使ってます(^_^;)
「モモ」の物語、また読んでみようかな…?
励まされるメッセージでした(^^)

セッション10 
Inner Self Helper(ISH)にいくつか質問をして(ナレーションが言ってくれる)答をもらいます。個人的すぎて意味不明かも?なやりとりが多かったので、わかりそうなものをいくつか…
女性のISHエメさんと男性のISHカイさんが答えてくれました。このプログラムで初めてお会いした(気がする)ガイドさんたちです。
「ISHとの結びつきについて」運命共同体というか、チームというか、私たちが地上に愛を光を届けられるように、あなたは地上に向かったの。その役割を引き受けてくれてありがとう。
「ISHは物質界の経験があるか」私はあるわ。修道女、シャーマン、自然の中で生きる人生を数多くやった。ぼくは貴族の経験があるよ、ヨーロッパで。
「ISHの物質界経験数は?」さぁ…それぞれ違うから…みんなを足せば、数十回は充分あるんじゃないかしら。
「肉体を持って生きる意味は?」確認。映し見ることができる。(どういう意味ですか?)気づいて直したり、進んだり、ひっかかりを浮かび上がらせやすい。浄化作業をやりやすい。
「今の人生の目標は」天と地をつなげること。誰かに何かをするのではなく、自分を浄化することで自然と世界が変わっていくことを実体験する。
「それをすることで何が達成できるのか?」仕上げみたいなもんだね。今それをしに来てる人がすごくいっぱいいるから普通のことに思えるかも知れないけど、やっぱりちょっと特別な時なんだよ、今は。2012は騒がれたけど、今もそれは続いてるんだ。
…ということは、前のセッションで「とにかく遊んで楽しんで夢中になって」とも言われてたから、遊びながらせっせと浄化ってことかしら…とふりかえっていたら、楽しむことと浄化はセットなんだ!とつながりました。頭でわかってるつもりでわかってなかった、、、
浄化するためにはハートを開いて、光をいっぱい通さなきゃですから、そっか楽しんで夢中になってる時って感動してるし、そんな体験ができて感謝の気持ちでいっぱいになるし、ハートがそんな状態だったら浄化も進むわな〜…と、遅ればせながらやっと腑に落ちました(^_^;)

セッション16 
市販の「内なるヒーラー」を聴きました。
「ヒーラーに人間の姿になってもらいましょう」というナレーションが流れると、宝塚星組の七海ひろきさん(今は退団されてます)が登場。
宝塚観るのが好きなので、たしかに出てきてくれただけで癒される…ものの、好きな宝ジェンヌがいっぱいいる中でなぜあえてこの方なのだろう?…と思いつついると、宝塚の曲が流れ、☆と花束をくれました(*^_^*)
もう不要となった感情エネルギーもしっかり取り除き、その七海ひろきさんの姿のヒーラーは礼をして退場。
「ありがとうございました〜」と拍手して終わりました。
で、なぜ七海ひろきさんだったんだろう?とこの日の夜、寝る前にぼんやり考えていたら…あ!そうか!とわかってびっくり。
七海ひろきさん、ニックネームが「カイ」さんなんです。
ISHの「カイ」さんがそういう仕掛けで出て来てくれてたんですね。
こういう一致があると、自分の妄想じゃなくてちゃんとあちらとやりとりできてるなと安心します(^^ゞ

セッション23
あちらからのメッセージをもらいましょう、というセッション。
「最愛の人たちが今一緒にいます。メッセージをもらってください」とナレーションが言ってくれます。
いつもそばにいてくれてるガイドさんたちが、色々と褒めてくれました(^^)
ガイドさん、人によって厳しかったり、神々しかったり、さばけた感じだったり色々ですが、私の場合は全面肯定してくれる感じで甘々です(笑)
「いつもみんなで愛のエネルギーをたっぷり届けてるからね〜」と。
ほんと、ありがたいです(*^_^*)

この後、ISHから自分への手紙を書くというワークがあり、これが書き始めると自動書記のように止まらなくなって手が痛いくらいでびっくりしました。書きながら温かいメッセージに涙が出そうになって、こらえて書くのが大変でした。

セッション24
このプログラムで訪れたフォーカスを一周してくる長いセッション。
総仕上げのような感じです。
F21ではエメさん、カイさんとビールで乾杯♪
日常生活へのアドバイスをいくつかもらいました。
F15でBar源に寄ると、みんなでまだ踊ってました(他のセッションで踊ってたのが続いてました)。
盛り上がってるぜ、イェーイ♪と、サタデーナイトフィーバーのポーズ(笑)
70年代あたりのディスコミュージックが流れていますが、曲名なんだっけ・・・?
曲は覚えてたので検索してみたらSeptemberでした。
さらに歌詞を検索してみたら
「覚えているかい?9月21日の夜を」
「今は12月、愛を見つけたんだ。俺たちが9月に共有した愛だよ」
という文章があってびっくり。
たしかにガイドラインズを受けたこの時は12月で、深読みすると2008年に初めてゲートウェイ・ヴォエッジを受けたのは9月のことでした。
モンロー研に行って、帰ってきたのが9月20日で、その翌日何があったかまでは記憶にありませんが(^_^;)
「僕の考えは君と共にあるよ。君の心と、手を握り合って、君のことを見ているんだよ」というところもあって、やっぱりこの曲そのものがガイドさんたちからのメッセージだったんだ♪とうれしくなりました。

セッション26
ECで聴くクォンタムセルフと、ナレーションは同じだけど音源が違うというものを聴きました。
山の中腹の花園から、さらに登って行って、徐々に周波数を上げていき、最後に扉の中へ…という流れです。
セッション2でも出てきた女神さまのような存在が、大きな姿で両手を広げていて、そのハートの辺りが入口になっています。
ガイドさんたちも一緒にみんなでその中へ入って行くと、長い曲がりくねったクリーム色の通路が続いていて…ずっと進むとその先が広がっていました。
ちょうどクリスマスシーズンに、デパートの吹き抜け部分に大きなクリスマスツリーが立っているような感じで、自分の視点からは、そのツリーの頭の部分が見えます。
そこに到着すると、自分自身がてっぺんの星になりました♪
トータルセルフのみんなの輝きがあって、でも主役はあなたですよ、と言われたような。
ラスト、きれいにまとまりました(笑)

以上です。
長文を読んでくださってありがとうございますm(__)m
参加してみたいな、という気持ちになっていただけてたらいいのですが・・・
とにかくガイドさんたちの愛をいっぱい感じられるセミナーです。
どうぞご参加ください♪


カテゴリ:ガイドラインズ
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ニックネーム : チロてん

 2年前にゲートウェイ・ヴォエッジ(GV)を受けてからC1の環境が大きく変化しはじめ、ドタバタと落ち着かない状況が続いていましたが、ようやく一段落。そろそろ、また何か次の変化を求めてモンロー研プログラムを受講したいなぁと思っていたところでした。

 本当はライフラインを受けたかったのですが、スケジュール的に年度末の3月に会社を休むのは厳しい。すでに何人かのガイドを知覚している私としては「もう少し、つながりやすくなれば良いかな」という程度の、X27を受講するための通過点くらいの、うすっぺらい動機でガイドラインズ(GL)に参加させていただきました。

 しかし受講してみて、GLのことを全く誤解していたことに気づかされました。GLは単にガイドやISHとつながる方法を学ぶプログラムだと誤解していましたが、実は、自らの内側を深~くふか~く探索して、これまで知らなかった“自分”の側面を知り、思い出し、癒し、統合する。そして“自分”とは何か、ということの認識が変わる。そんなプログラムでした。派手さはないけど深い。人生観が変わる。そんな感想を持ちました。

 シーズンオフのリゾートホテル(一宮シーサイドオーツカ)は、とても静かな落ち着いた雰囲気で、自分の内側を見つめるにはもってこいの環境でした。お天気にも恵まれ、12月にもかかわらず暖かい日が続き、雪と氷に覆われた札幌から参加した私にとっては、それだけでもパラダイス。休み時間には九十九里浜の散策(さすがに海水は、少し冷たかったけど)やジャグジー付き温水プール、夜には温泉も楽しむことができました。食事もおいしかったです。これだけでも、大変有意義なリフレッシュ休暇になりました。

 参加者の皆さんのグループ・エネルギーはとても暖かく、優しいエネルギーでした。冴えわたる坂本さんのダジャレと、愛にあふれたゆかりさんのフォロー。参加者の優しい笑い。事務局のきくのさんの暖かい気配り。穏やかで、それでいて笑いの絶えない6日間でした。

 今回のGLには、トレーナーのそのさん、あやさん、事務局のみなこさん、そして、あべさんを初めSLIIやSLRまで受講されたベテランの方達も少なからず参加していました。セッションやシェアーの時間のみならず、食事や休み時間の会話からも学ぶことが多く、ちょっと得した気分でした。皆さんどうもありがとうございます。

 GLで得た様々な気づきは、あまりにもプライベートなこと過ぎて、ちょっとシェアーしづらい面がありますが、できる範囲でいくつか印象的な体験をシェアーさせて頂きます。

 2日目の「内なるガイドにつながる」のセッションでは、それまでのセッションで寝落ちばかりしていて、また寝落ちしそうになったので、急きょ起きて、座ってノートを取りながらガイドからのメッセージを受けました。これが非常にうまくいきました。それまで、体験したい、ビジョンを見たいという意識が強く、ヘミシンクは目をつぶって横になって瞑想するものと決めつけていましたが、メッセージをもらうような場合は、座ってノートを取りながら聴くのもありだと分かりました。怪我の功名でしたが、私にとって大きな収穫でした。

 2日目最後のワークで、参加者2人でペアを組み、お互いに相手のガイドとノンヘミでつながり、事前に準備した3つの質問への、ガイドからのメッセージを伝えるという、チャネリングの練習をやりました。私とペアを組んでくれた方が伝えてくれた私のガイドからのメッセージは、(もちろん相手の方は、私の質問内容を知らないのですが)3つの質問をすべて的確にとらえており、大変驚きしました。あらためてガイドの実在を実感しました。私は、ちょっと焦ってしまって上手くいきませんでしたが、もっと練習して直観を信頼できるようになれば、自分にもできるかもと思いました。

 ISHの知覚の仕方は人それぞれにいろいろとあるようですが、私の場合、ガイドとして知覚していた方達のうちI/Thereメンバーの2人に加えて、今回新たに、同じくI/Thereメンバーのガイド2人が現れて、今回のセミナーを通じてガイドしてくれました。なので、たぶんガイド達のうちI/Thereメンバー(つまりは自分?)の、この4人がISHということになるのだろうと思います。

 4日目のISHとのフリーフローのセッションでは、今回新たに現れたネイティブ・アメリカンのような青年のISHが、I/Thereに連れて行ってくれました。I/Thereは大きなドームのような印象。そこでI/Thereの説明を聞こうとしたとき、その青年のISHから「まず、先にこれを渡しておきます」とロート(ROTE)を手渡されました。ロートなるものをもらうのは初めてのことでしたが、なぜかそれがロートだと分かりました。

 そこに突然、金ぴかの竜に乗った大福様のような恰幅の良いおじさんが現れて、むんずと捕まれ、竜の背に引っ張り上げられました。そのまま竜に乗ってI/Thereのドームから出ると、周りには他のI/Thereと思われる金ぴかの宮殿がいくつもあました。その間を縫うようにしてさらに上昇し、最後には天の川銀河の外に出ました。天の川銀河の美しい光景を眺めつつ、ISHから、今世の私が生まれてきた理由に関係すると思われる、ちょっと謎なメッセージを頂きました。

 4日目の「内なるヒーラー」のセッションでは、これまた今回新たに現れたISHの黒人女性のリンダさんからマラカスを手渡され、促されるままにマラカスをシャカシャカ鳴らして踊りながら、自分の体の周りをまわって踊りました。意味は良く分かりませんが... 癒されたのだと思います... たぶん。最後に自分の体にキスをするよう促されました。何かの罰ゲームか?とも思いましたが... 確かに自分への愛の表現としては、それもありなのかもしれませんが...(厳しい試練のセッションでした)

 5日目のスーパーフローのセッションでは、F21の交流ポイントで何をしようかと思っていたところ、突然、今度はリンダさんが金の竜に乗ってマラカスを鳴らしながら登場。リンダさん含め4人のISHと共に竜に乗り、マラカスを振りながらI/Thereへ突入。映画「La La Land」の「Another Day of Sun」のリズムにのって、サンバ・カーニバルのような感じでI/There内を練り回る展開に。I/There全体が盛り上がっていました。さらにI/Thereの外に出ると、地球を取り巻くように金色の光の線でネット上につながった、数多くのI/Thereがリズムに合わせて点滅していました。まるで武道館でのロック・コンサートのような、強烈な一体感を感じて、感涙。

 その後、ふたたび天の川銀河の外に出て、少し落ち着いたところで、ISHからまた、意味深なメッセージを頂きました。このメッセージ、頂いたときには???という感じでしたが、今世の私が生まれてきた理由にも関わるものであり、また、2年前のGVでのある体験から生じた疑問への答えでもあるようです。

 GLから2週間経って、体験を振り返る中で次第にロートが解けてきたのか、自問自答のような感じで、徐々に意味深な謎のメッセージの意味が分かってきた感じがします。でも私のマインドはそれを受け入れることに、まだ抵抗を感じているみたいです。マインドを傷つけないように、最初はほのめかす感じで、そして次第にはっきりとしてきて、受け入れざるを得なくなるように間合いを詰めてくる感じ... このロートは、ちょっとスリリングです。

 最後になりましたが、トレーナーの坂本さん、ゆかりさん、事務局のきくのさん、そして参加者の皆さま、大変お世話になりました。どうもありがとうございます。坂本さんもアクアヴィジョン・タイムズに書かれていましたが、私も皆さんとお別れするのがつらくなりました。でも、またすぐに会えそうな予感もあります。おみやげCD使って、皆さんのF27のスペシャル・プレイスに遊びに行きますので、その節はよろしく。

チロてん(うすっぺら倶楽部 会員)


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面白いシンクロ

2017年12月17日

ニックネーム : aya

セミナー体験談というか、第3回ガイドラインズに参加した後日談なのですが、ちょっと面白かったので投稿します(^^)
セミナーの中で「思いがけない行動をするといい」というメッセージがあり、新年会でバニーガールの格好してみたら?という話になりました。
とはいえあんまり痛々しい見た目になってもアレなので(苦笑)、普通のワンピースにしっぽをつけてそれっぽくしようということに。
で、ユザワヤ(手芸屋さんです)にそれを買いに行こうと、「ウサギのしっぽ」と頭の中でつぶやきながら、池袋駅構内を歩いてました。

そしたら目の前に、ウサギ出現!
犬を散歩させるみたいに、ウサギにリードを付けて散歩させてるおじさんがいたんです。
ウサギの散歩、生まれて初めて見ました。しかも駅の構内って。。。

それにしても「ウサギのしっぽ」と思ったとたんに現物が目の前に(笑)
自覚してた以上に、想像=創造が瞬時なんだとびっくりしました。



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時代劇シリーズの終焉

2016年12月17日

ニックネーム : ヨッシ-

ライフラインの体験談に少し書きましたが、F27セッションで私は時代劇
で御馴染みの江戸の街に着いてしまい、本物のF27には到達できません
でした。
救出活動のセッションでは、町奉行所の手先として河川敷の不法居住者を
強制退去&強制収容する捕り物を手引きをしました。
F27がなぜ江戸の街なのか、謎を解明するため第二回ガイドラインズに
参加し、時代劇の呪縛から解放された体験をシェアしたいと思います。

1.護身用新兵器「十手」
ゲートウェイの体験談に書いたように、セッション中に悪霊に襲われ
痛い目に会わされた経験があるので、日○江戸村で昔買ったオモチャの
十手をセミナー会場に持参し、毎晩素振り練習しました。
幸いにも実戦使用せずに済みましたが、護身以外に大活躍しました。

2.PICコード習得
 従来はPICコードの理解が十分でなく、色つきの旗にフォーカス番号
を書いただけでした。
 初日の講義で「自分自身を表すシンボル」と教わり、認識を改め、
十手をPICコードにして各フォーカスの交信ポイント壁面に突き刺し、
フォーカス番号を記した紙を柄に張るようにしました。
   F10:勤務先の社員食堂
  F12:勤務先近くにある喫茶店の喫煙室
   F15:私が長年住んでいた独身寮の4階集会室。卓球台が置かれていた
     ので、「卓球部屋」と呼ばれていました。
     この独身寮は4、5年前に取り壊し済です。
   F21:海が近くにある某レストラン


3.時空を彷徨う町奉行所同心
2日目のフリーフロー21セッションで、以下の通り早くも時代劇
シリーズが始まってしまいましたが、メンタルツールを駆使して反攻
に転じ、町奉行所同心を制しました。
体験の説明に時間が掛かるので、セミナー中はシェアしませんでした。

①ヨシヒロ
 上記2.の通り、交信ポイントにPICコードを設置し、しばらく
ウトウトした。夢の中で会話が聞こえ、どういう経緯なのか
「ヨシヒロさん」と誰かが言うのが聞こえました。
そこでミッションを想い出し、「ヨシヒロさん、ガイドなら姿を
現してください」と連呼したところ、視界が段々暗くなり、
やがて真っ暗になりました。

②また時代劇シリーズかよ・・・
 目が慣れると、視界の下側に波のような白く動く筋が見えてきました。
水面のようでした。 やがて暗闇に明るい提灯が出現しました。
提灯には案の定、「御用」と書いてありました。
川面に数隻の小舟が浮かび、白い襷・鉢巻の捕り物装束を着込んだ奉行所
の捕方衆が乗っていました。
 私は「また時代劇シリーズかよ・・」と落胆し、やがて受講料と
5泊6日費やす時間が惜しくなったのか、怒りがこみあげてきました。

③PICコードで拉致成功
 再び「ヨシヒロさん」を連呼し、視線を向けた同心を特定すると、
F21のPICコードを想起しました。
視界が遷移してF21交信ポントである某レストランに変わり、
私と同心ヨシヒロの2人はテ-ブルで向き合って座っていました。

④質問攻め
「あんたの住んでる江戸の街はF27なのか?」
「奉行所の河川敷不法居住者刈り込みは救出活動なのか?」
私は同心ヨシヒロを質問攻めにしました。
しかし同心ヨシヒロは太刀をソファに立て掛けてふんぞり返り、
泰然自若として口を割りませんでした。

⑤町奉行所へ怒鳴り込む
 業を煮やした私は「お前じゃ埒明かないから、お前の上司に訊く」
と宣言したところ、 同心ヨシヒロは立ち上がり、「付いて参れ」
と初めて口を利きました。
 2人でレストランを出て、小舟を伝って江戸の街に行き、町奉行所に入りました。
門の中は東南アジア風の仏教寺院みたいで、奉行所には見えませんでした。

⑥刀を抜けない奉行所同心
 ココでF15に戻るナレーションが入り、視界が遷移してF15交信
ポイントの卓球部屋に変わりました。
 その卓球部屋が取り壊し済の現存しない空間であることを知った
同心ヨシヒロは「帰れなくなる!」と狼狽し、
逆上して刀の柄に手を掛けました。
 その拳に私は抜き出した十手を当てて制し、
「もうじきF12交信ポイントへ移行する。そこは現存するカフェだから、
あんたは江戸の街に戻れるはずだ」と諭しました。
同心ヨシヒロの動揺は治まりませんでしたが、刀を抜こうとしたら
拳を十手で砕かれるので、為すすべもなく固まっていました。

⑦時空漂流
しかしF12のナレーションはなく、9くらいからカウントダウンが始まり、
卓球部屋もヨシヒロ同心も消えてしまいました。
ヨシヒロ同心は今も時空を彷徨っているのでしょうか?

4.刀を抜けない武士
3日目の朝、Masさんが珍しく昨晩見た夢をお話くださいました。
シェアしてない上記3.体験と妙に符号していて驚きました。

《Masさんが2日目の晩に見たという夢》
Masさんは武士になっていて、もう一人の武士に向けて刀を抜こうとする。
対峙している武士は「男ならば、武士ならば、刀を抜け!」と挑発するが、
なぜか、どうしてもMasさんは刀を抜けない。

時空を彷徨い、浮遊霊に成り果てたヨシヒロ同心は、
就寝中のMasさんに憑依し、伝家の宝刀を抜き損ねた無念を伝えたかったのでしょうか。


5.セミナーその後
 町奉行所同心を武力?で制して時代劇の呪縛が解けたのか、
以下のようにトントン拍子でF27 に到達しました。
すべてのセッション、参加者全員がF27に導いてくれたと感謝して
おります。ありがとうございました。
  
(1)「ペアで行う直感的質問」(2日目夜)
 F27で江戸時代に行ってしまうのは何故?との質問に、江戸時代
に河川敷で貧しいながらも幸せに暮らしていた過去生が告げられ
ました。
その後、町奉行所に強制退去&強制収容されたと考えらるれので、
要救出の過去生と判断しました。
もう一つの質問に戦慄の的中リーデイングが出たので、
的中確率は高いと思われました。

(2)3日目、4日目
ISH(Inner Self Helper)と出会い、ISHに霊体を改造してもらいました。

(3)4日目夜「イントロF27」
 27のナレーションで、東京湾上空を飛んでました。飛行機から飛び出した
スカイダイバーになったみたいでした。
 芝公園をイメージしてISHとともに着地しました。
なぜか町奉行所同心が尾行していたので、芝公園傍の増上寺へ連れて行き、
出迎えの僧侶に引き渡しました。

(4)5日目午前「Special Place F27」
 なぜか江戸時代の亡者10数名がF27まで憑いて来てました。
前日同様に増上寺へ連れて行きましたが、連行中に風景が江戸時代に
切り替わって驚きました。亡者達を出迎えの僧侶に引き渡すと、
なぜか、切なくも有難い、形容し難い感情に満たされました。

(5)5日目夜「フリーフローF27」
 上記(1)過去生の救出を目論見、成功。


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ニックネーム : ポン子

ガイドラインズ(5月21日~26日)の体験をシェアします。
前置きが長くなりますが、参加するまでの過程もガイドに導かれた気がするので、書きとめておきます。
3月のライフラインでは、ガイドが見えないままの救出活動をやっていましたが、やはり話したり相談したりしてやりたかったです。
ガイドラインズは既に満席だったので、次回に伸ばして、
ソノさん(福井のトレーナー)のアカシックレコードコースを受けたとき、もう一人の参加者(ユーさん)がセッション中に私のガイドと会って話をしてくれたことから、その内容がかなり興味深い内容だった為に、自分自身でガイドに会って話したいという思いが再燃しました。目的は違うことでしたが、ここでもガイドには会えず、最後の頼みの綱?プレミアムの期限ギリギリでトータルセルフを申し込みました。その後ソノさんからのメルマガで「ガイドラインズにドタキャンがあって空席あり」と来たものだから、トータルセルフの前にガイドラインズとは、まさに私のためにかと、開催5日前の申し込みで滑り込みました。

初めてお目にかかるフランシーンさんは、にこやかで優しい包容力のオーラを放っているような方でした。これは是非体験を話して何かコメントをもらおうと思っていると、これがまた全然話せるような体験が来ない!前回(ライフライン)と同様に参加者たちのすばらしい体験談が次々とあって、自分の何かフラッシュのように見えたかも・・・という体験は言い辛く、ガイド!イッシュ!と呼びかけてみるのでした。そしてとうとう最終日の最後のセッションで、これから階段を上がっていくという場面で、ガイドの手が見えました。男性の右手で銀色のずっしりとした重みのある美しいブレスレットをしていました。
これまでのセッションでも人物がいろいろフラッシュ的に現れましたが、今回が初めてガイドだと直感したのです。手だけなのに不思議です。
最後のシェアでは、ついにガイドが見えたことや、これから上がる階段を案内をしてくれている様に感じたと話しました。
フランシーンさんはにこやかにそれは良かったと言って下さいましたが、さすがに手首だけの話にコメントはありませんでした。
思い返せば、他の人のどの体験談もにこやかに聞いているだけでした。解釈や気づきは自然と後から分かるに任せるといった感じでしょうか。
帰りの電車の中で思ったのが、ガイドの手を見た後に案内が無かったし、案内するときは手のひらを上に向けてないですか?見えたのは手の甲だけっていうことは・・・
その意味は「手の内は見せない」 !?
渋すぎるガイドです。
これまでの過程を思うと、一筋縄では行かないと思ってはいましたが・・・
という訳で、ガイドとの会話は出来ませんでしたが、ガイド以外の体験は色々ありました。
1日目のフランシーンさんの説明から、PICコードが千社札のようなものだと分かったので、これまで3次元的なPICコードだったもの(バレエシューズ)を2次元的なものに替えました。それは瞬時に平面的になって上手くいきました。それぞれのフォーカスで番号と共にお札の状態になって、私のフォーカスの目印となりました。ところが後日、F10のPICコードを目指して意識を向けるとPICコードがポスターサイズに拡大されていて、赤い派手なバレエシューズが印刷されていました。
別の日にはF15のPICコードが白いバレエシューズに、F12は青のバレエシューズに!青はしっくり来なかったのでピンク色に修正すると、紙がクシャクシャに丸まって、使用済みのガムを包んで貼り付けたような状態になったので、また青色に変更すると、青のシューズで落ち着きました。後々その意味が分かったら面白いと思っています。
DECセルフ・イントゥ・バイブフローでは、周波数(振動数)を上げた状態になったときにピンク色の飲み物(桃ジュース)が出てきました。冷たくて美味しいジュースです。そして自分の振動数に戻したときには、黒いヘッドホン(金属部分が銀色)が現れました。その瞬間、これが自分の振動数を上げるときのシンボルだと気づいて嬉しくなりました。
その他いろんなセッションでフラッシュ的に色々映像が見えましたが、1つ1つがパズルのピースだと思って記録しておきます。後でイッシュだと気づくことがあるかもしれないし、探すのもワクワクする作業になるかも知れません。


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