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体験シェアルーム

体験シェアルームは、アクアヴィジョン・アカデミーのヘミシンク・セミナーに参加したときの、体験や気づきや、その後の日常生活を通したさまざまな出来事や気づきなどを、発表したり語り合ったり、シェアするための集いの場です。投稿された記事に対して、コメントを投稿することができます。皆さん、どしどし投稿してください。
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「体験シェアルーム」の新着順一覧

ニックネーム : nonchan

(長文です)

2019年、当時私は2度目の大学生をやっていました。
人生の最終章に突入して先が見えてきたこの時期を、惰性で生きるのではなく、今までやってこなかったことに挑戦しようと思い、空間演出デザインを通信で学んでいました。
その年の秋ごろ、課題を提出するために調べものをしていたとき、ジオデシックドームの写真を見て強く印象に残りました。
ジオデシックドームとは、バックミンスター・フラー博士が考案した立体で、フラードームとも呼ばれ、微妙に違う正三角形に近い2種類の三角形で組み立てられます。2種類の三角形は僅かに湾曲した五角形と六角形になり、これが組み合わさってドーム状になります。三角形の数が多いほど完全な半球体に近づきます。
なぜこのドームに気持ちが惹かれるのかわかりませんでしたが、紙でこのドームを実際に作ってみたり、このドームに魅せられた建築家が北杜市で実際に住宅を作っていることを知ったり、スピ界隈ではよく知られている天下泰平さんがこの建築家が建てたドームハウスに住んでいることを知ったり、気持ちがどんどん惹かれていきます。
八ヶ岳の麓に行けばジオデシックドームが2つ繋がったツインドームの宿に泊まれることもわかりました。
2021年秋、卒業制作でジオデシックドームの集合住宅を作りたいと思い、試行錯誤していたちょうどその頃、マスターH氏から小淵沢でヘミシンクの合宿セミナーがあるよ、と教えてもらい、小淵沢に引かれて飛びつきました。
もちろん、ツインドームの宿に前泊しました。
それがゲートウェイ・ヴォエッジに参加したきっかけです。

幽霊を救出するなんて気が進まないと思っていたライフラインは、予想外に興味深く、自分の過去生でF23に残ったままだった罪悪感を救出できました。

エクスプロレーション27では、12年前に他界した夫とスペシャル・プレイスで再会し、教育センターでヘルパーのお役目をしていることがわかりました。

スターラインズでは太陽神ラーからメッセージをもらったり(これは今、ノートを見返していて思い出しました^^;)、F34/35の宇宙ステーションは無数の丸い部屋が通路で放射状に繋がっている形状で、丸い部屋がまるで生き物のように自動的に増えていく様子を眺めたり、内部が無数の点と線で繋がった巨大な六角形(または五角形?)が現れて、それが私の I/There だと感じ、この六角形または五角形が立体的に繋がって巨大なバッキーボールとなり、その中心に私が入ると、ボールの表面が白い光と黄金色の光で点滅し始め、これが私の I/Thereクラスターだということがわかりました。

スターラインズIIでは、「ベツレヘムの星」はアークトゥルスだということを体感したり、紀元前15,000年の諏訪地方にシフト・ナウしたら、沼に住む巨大なオタマジャクシのような生き物が自分だったり、ヨーダのようなガイドとF49の金貨の山に行き、金貨の山の前で、お金に困っている日本の善良な市民に届けたいと願っていると、なんと金貨が1枚1枚ものすごいスピードで私の眉間に入ってきて、えっ〜と思っていると頭の後ろから出ていき、そこは私がピックコードを設定してあるF12の富士山の上空でした。富士山の上空から日本全体に金貨が降りていきました。なんとも奇想天外な光景でした。最終日にF27の計画センターに行ったら、「金貨の山の金貨を定期的に日本に降り注ぐように」と言われたので、忘れないように毎月1日にやっています。

そして、2023年5月27日〜6月1日に開催された最後のリユニオンでは、地球コア27にある巨大な鉄の結晶体の内側から巨大な水晶の結晶が生まれていて、まるで蝉の羽化のように鉄の結晶から水晶の結晶が脱皮していたり、木花咲耶姫がプレアデスの星々を調和させている存在(エネルギー)だと感じたり、たくさんのオーブの動画が撮れたり(これはリアル体験です^ ^)、イエスにヒーリングしてもらったり(長年の夢だったのですが、効果は、、?)、地球コア34/35では、巨大なバッキーボールである I/There クラスターが出てきてガイアと一体になり、ガイアから「あなた方のサポートが必要です」と言われ、I/There クラスターからガイアにエネルギーを送った方が良さそうだと感じました。私個人ではガイアに愛のエネルギーを送ったことは何度もありますが、I/There クラスターの状態で送ることが重要のようです。ガイアと一体になってエネルギー交換をするといいのかもしれません。
最終日前日の長いセッションでは、F49で天の川銀河を超える広大な宇宙の景色を眺めながら、広大すぎて何をどうすればいいのかわからないと思った途端、「モンローさんの視点」という文字が頭の中にはっきり浮かんで、それとともにエネルギーの塊が頭上から入ってきて、身体がのけぞりながら、その塊が胸を通り、お腹を通り、足先まで至り、全身に巡りました。その後の地球コアの42だったと思いますが、両手を大きく上に回して下ろし両足を縮めたり伸ばしたり、という、ちょうどその場で平泳ぎをしているような動きを身体が勝手に始め、その動きが終わったと思ったらガイダンスが流れてモンローさんの言葉が始まりました。「、、、、、善も悪もない。体験があるだけ、、、、」泣きたい訳ではないのに、涙が溢れました。この身体の動きは、ちょうどトーラスの流れのように、モンローさんの視点というエネルギーを私個人だけでなく、I/There クラスター全体に行き渡らせたのではないかと、セッションが終わってから感じました。
お天気が悪く、期待していたUFOは見ることができませんでしたが、セッションの体験は濃厚でした。ベテラン参加者のM氏(ガイアの旅人さん)が受けとったメッセージと合わせて考えると、今回の体験は、アセンションに向けて私がやるべきことを示唆してもらったように思います。モンローさんからいただいたエネルギーがどのように私の中で解凍されるのか、今はまだわかりませんが、ひとつ気になるのは、軽く心に思ったことが実現する回数が増えているかもしれません。詳細は書きませんが、そんなことが起こっています。

この一連のモンロー研プログラムの体験を振り返っていたら、あっ!!と気づいたことがあります。
私の I/There クラスターです。バッキーボールです。
バッキーボールとは、正式名がバックミンスターフラーレンといい、20の六角形と12の五角形からなるフラーレン分子で、形状が似ていることから、ジオデシックドームを考案したバックミンスター・フラーに敬意を表して名付けられたものです。
バッキーとはバックミンスターの愛称です。
ジオデシックドームを上下に繋げたらバッキーボールになります。
もちろん、私のI/There クラスターは中空ではなく、無数の線が繋がり合っていて、その線が交わる無数の点が私の無数の分身(魂?)を表しています。
ボールの表面も六角形と五角形が無数に組み合わさっていて、巨大なバッキーボールです。

2019年秋にジオデシックドームの写真に心惹かれた理由がここにありました!
そのことに最近になって気づきました。
あのとき、あの写真を見ていなかったら、ジオデシックドームを知らなかったし、小淵沢には行かなかったと思いますし、このプログラムにも参加していなかったでしょう。
宇宙の計らいなのか、モンローさんの導きなのか、私のハイヤーセルフかガイドの計画なのか、はたまた私の潜在意識の働きなのか、よくわかりませんが、I/Thereクラスターに気づかせるための旅だったのでしょう。
3年半もかけて、私に気づかせてくれたわけです。
ガイアと一体になってエネルギー交換することを忘れないようにします。

思いもよらない数々の体験を与えてくれたこのプログラムに深く感謝します。
坂本さんはじめ、トレーナーの皆様、そして一緒に旅してくれた参加者の皆さん、楽しい旅をありがとうございました!


コメント(2)

ニックネーム : ガイアの旅人

スターラインズ・リユニオン(第7回)に3年ぶりに参加しました。
いつも通り楽しく円滑な運営に努めていただいた坂本さん、ミツさん、事務局のテルミさん、改めて御礼申し上げます。ルラシュの食事も、今までで一番おいしく感じました。
また、参加者の皆さんのパワフルで暖かいエネルギーのおかげで、和気藹藹とした雰囲気のなか、快適に過ごすことができました。このような出会いと機会を与えていただいた皆さまに深い感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。ありがとうございました。

プログラムでは、数多くの素晴らしい体験、再発見があるとガイドから予告されていましたが、そのとおりの5泊6日となりました。そのなかから、読んでくださる皆さんの気づきに繋がりそうなセッションを厳選して(?)投稿します。
(スターラインズシリーズに参加されたことのない方には、分かりにくいところがあるかもしれません。ご容赦ください。)


#セッション1(Self-Review;I/Thereと繋がる)
リユニオンとして最初のセッションなので、あまり期待していなかったのですが、はっきりとしたメッセージがもらえました。
「今回の転生の目的は大きく3つある。
1) ワンネスと繋がること
2) すべての次元、多くの存在と交わること(自己の拡大、再発見)
3) 地球/人類の意識のシフトを誘発すること
 一つ目、二つ目の課題は(ある程度)達成したので、残りの課題に注力せよ」
というものでした。
因みに、ワンネスと繋がる、多くの存在と交わる、というのは、結局、3次元的な意識を拡大して、ハイヤーセルフ、スピリット、多くのガイドと繋がり、さらに広大な宇宙存在たちのエネルギー、世界を経験するということにほかなりません。ゲートウェイに参加してから15年ですが、その体験が大いに役立ったのだと思います。素晴らしいワンネス体験も、前回(3年前)のリユニオンの期間中に起こりました。
改めて、このプログラムを開発したフランシーン(アルクトゥルス意識集団)に感謝ですね。
意外なことに、3次元的な人生課題(よくあるトラウマ解消、過去世問題など)については目的に入っていないのですが、高次の存在にとっては、そんなことはどうでもいい、ということなのかもしれません(笑)。

#セッション3(地球コア34/35、地球コア42)
地球コアは得意科目ではなかったのですが、興味深いメッセージを二つもらいました。
ひとつ目は、地球意識と繋がろうとするときに、モンロー研の手法では、まずF27に行き、それからアースコア27、34/35、42に行くのですが、そんな手続きは必要ない、自分の肉体(細胞)意識と繋がって、そこから上がれば良い、というものでした。
この意味は、「自分の肉体」と思っているものが、実際には地球のエネルギーそのもので「地球の肉体の一部なのだ」という事実を忘れている、ということだろうと思います。人類としての自分とは、肉体の器に入ったスピリットなんですよね。
悟りを目指して極限的な修行を自らに課す多くの人間を見て「自分のスピリットを進化させたいのに、なぜ借り物である肉体をいじめたりするのか」と呆れたという覚者の言葉を思い出しました(笑)。

もう一つは、しばらく引っ掛かっていた疑問に答えてもらったことです。その疑問とは、次元移行(アセンション)の際、自分の意識の進化について責任を持つのは理解できるけれども、乗り物である肉体の波動(周波数)をどのように上昇させれば良いのか、皆目見当がつかない、というものです。
結論を言えば、肉体の周波数上昇については何もしなくてよい、ということらしいです。つまり、C1の周波数は、地球意識の変化に伴って上昇するので、肉体の周波数もそれに従う、ということなんですね。なんだかすごく気が楽になりました。
問題は、上昇した波動の肉体(ライトボディ?)に見合った意識を維持できるか、という点で、意識の周波数が十分に上昇しないと、肉体をコントロールできなくなる、ということらしいです。
さらに関連して、肉体意識にもガイドが存在する、という発見がありました。もちろん肉体意識レベルでも心地よさや不具合は十分に感じることができますが、どうすれば良くなるのか、どうして欲しいのか、意思疎通が難しいところもありますので、ガイドに聞けば分かりやすいのかな、と思います。
スピリチュアルに馴染んだ人も、体の話になると、体型、食事、運動習慣など、世の中の標準(良い悪い)に引っ張られる場合が多いのですが、使っている肉体毎に性質、特徴が異なるので、外部ではなく、肉体の内側(ガイド)に聞くのが良いようです。特にシフトを目前にしている現在、勝手な思い込みで肉体周波数の上昇の邪魔をしないようガイドにアドバイスを求めることが大事かもしれません。

#セッション11(コンタクトへの招待;2回目)
このセッションはETとのコンタクトを実現するための招待状を宇宙のあちこちに配る、という設定です。既に何回もやっているし、今回のセミナーでも2回目(複数回やるんです)、実施タイミングも4日目の午後ということで、正直なところ興味も湧かず、ボーっと聞いていました。
ところが細かい手順、つまりF27 からEC27、EC34/35、EC42へ行き、あらゆる次元に意識を拡大して・・・というくだりを聞いていたとき、突如閃きました!
この手順って、アセンションプロセスそのものを表しているんじゃないのか!?
そこで、ガイドに聞いてみました。
これって本当にアセンションのプロセスを表現しているのですか? 
「そのとおり」
調子に乗って、はぐらかされるかもと思いつつ、再び聞いてみました。
そのアセンションプロセスって地球時間でいつ起こるのですか?
「2024年3月!」

これを聞いたときは、時期がいつか、ということよりも明確な時期が示されたことが衝撃でした。しかし、もう一つの驚きは、プログラム自体に、このような「秘密」(アセンションの具体的手順、エネルギーの拡張状況の解説)が隠されていた、ということです(単に私が今まで気がつかなかったというだけなのかもですが(^^♪)。
ほかの参加者の方がポケモンやピカチュウの話をされていましたが、RPGゲームの「秘密の財宝」のようにリユニオンのプログラムにも、隠された意味がたくさんあるのかもしれません。奥が深いですね!
(→ どのような手順なのか、興味のある方はセミナー事務局にお問い合わせください。リユニオン受講者は、日本語訳をもらえるかもなぁ、と勝手に想像しています。)

#セッション12(地球コアでフリーフロー)
地球コアのセッションは、先ほども述べたとおり不得意科目です。どうもうまくイメージができないんですね。
そこで今回は予めガイドにどうすればうまくできるか、アドバイスをもらうことにしました。答えは、「コアという言葉に引きずられている。もっとエネルギーを感じたほうがいいよ。」ということでした。確かに言われる通り、コアを地球の中心核と考えて物理的な場所に行ってみる、というようなことをトライし続けていました。
そこで今回は、場所ではなく、エネルギーとして認識するようにしてみました。するとボーっと地球のエネルギー体がイメージできたのですが、そのエネルギー体とはうまくコミュニケーションできないので、中に入ってみることにしました。当たり前のように、そこにはF27の世界がひろがっていたのですが、その瞬間、大きな閃きが下りてきました。

そうか!コアとはこのエネルギー(F27)全体の集積点、ゲートポイントのことなんだ!

つまりF27以下の世界とそこから上の世界の出入口のことを「コア」(核心)と表現していたんです。そういえばスターゲートも銀河系コアにあるんですよ。人間の体でいえば、死ぬときに意識が抜けるといわれる第7チャクラの上方のポイントでしょうか。
こうして地球コア27を感じてみると、莫大な量の情報、エネルギー、存在がものすごいスピードで上下に行き来しています。いやぁ、1週間の便秘が一気に解消したような爽快感を味わいました(笑)

さらに興味深い情報も得られました。地球コア27の役割は周波数の圧縮ポイントだ、ということです。バシャールが紹介している周波数のスケールでいうと、F27からC1に至る世界は、すべて20万以下に圧縮される、ということなんですね。逆にF27を抜けて上に出れば、自分本来の周波数まで拡張(上昇)できるということです。(自分本来が何かは「さておき」)
因みにバシャールは、ETとコンタクトするためには、20万以上の周波数が必要と言っているわけですが、ということは、この現実世界ではETと会うことは不可能、ということになります。ガイドに聞いてみたところ、その通り、と答えが来ました。
ETがF27以下に入るときは、周波数を圧縮してホログラム的な像として見せているだけで、ETと接触したとかUFOに乗船したという話は、人間側の意識状態がC1ではなく、F12や一種の体外離脱状態で交流しているのだ、と説明されました。万が一、宇宙人がC1で人類と接触しようとすると、地球意識によってET用の媒体が作成され、その周波数に見合うようさらにETの意識を圧縮しなければならないので、ETにとっては至難の業であり、そんな面倒な冒険をする意味もない、とのことでした。なのでETとのオープンコンタクトは次元シフトしてから(周波数がETの存在領域まで上昇してから)、ということだそうです。まぁ、このあたりは異論も多そうですが、ご参考まで。

#セッション17(フリーフロー27)
最終日の朝、最後のセッション、F27のフリーフローです。リユニオンは4回目の参加ですが、今まではエネルギーの調整というか、グラウンディングの一環みたいな感じで過ごすことが多かったのですが、今回は体験やメッセージがありました。

まずガイドから強いメッセージが届きました。
「次元シフトが近いかもしれない。シフトが来たら波に乗ろう。などという日和見はダメだよ。自分がシフトを創造するという明確な意図を持つことが大事。行動しなさい。」
うーん、かなり核心を突かれました。でも行動って何すればいいですか? というのが今、現在の心境です。

次にF27のプラニングセンターに行ってみました。多くのスタッフが撤収作業に追われています。何をしてるんですか、と聞いたところ、6月下旬に地球コア27の調整弁が解放されるので、プラニングセンターもF35に移転して衣替えするのだとか。新しいセンターは「進路相談・振分けセンター」(新装オープンは2024年3月)だそうです。
大きな節目が近づきつつあるようですね。


長い拙文をお読みいただき、ありがとうございました。
今までセミナーを修了した日は一抹の寂しさがあり、次はいつ参加できるかな、と心待ちにする自分がいたのですが、今回は「これでほんとうに卒業したんだなぁ」という思いが湧いてきました。

みなさん、次はF35でお会いしましょう!!

<お知らせ>
シフト関連の情報をブログで発信しています(1~2回/月程度)。ご興味とヒマのある方は、googleで「ガイアの旅人」と検索してください(たぶん最上位に表示されると思います)。


コメント(1)

ニックネーム : shige

こんにちは、シゲです。
5/27〜6/1の期間、小淵沢で開催されたスターラインズ・リユニオン(SLR)に参加しました。

印象に残った体験として、地球コアにいる存在から以下のようなメッセージを受け取りました。
・地球のエネルギーを感じ、共鳴してください。
・宇宙のエネルギーを感じ、共鳴してください。
今回は「共鳴する」ことの意味について深く考えさせられるプログラムでした。

坂本さんのダジャレとmitsuさんの言葉遊びによる「ジョーク対決」も非常に楽しかったです。
これも共鳴ですね(笑)

ゲートウェイから今回のリユニオンまで、とてもスムーズに参加することができました。
これもアセンションによる宇宙スピードゆえのことかもしれませんが、今後もあせらず自分のペースでヘミシンクライフを楽しんでいきたいと思っています。
また、ゲートウェイからずっと坂本さんのダジャレを記録してきましたので、いつか坂本さんの『ダジャレ集』をカタチにできたらと思っています(笑)

最後に、トレーナーの皆さん、参加者の皆さん、本当にありがとうございました!


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ニックネーム : B

[ SPA後の「湯冷め」 ]
SPAでネガティブな想念を洗い流しても、上昇した振動数は徐々に日常のレベルに戻っていきます。高い振動数を維持して、さらに上昇させる方法を探した結果、ガイドからのメッセージ(+書籍の推奨)に加えてフランシーンさんと坂本さんからヒントをもらいましたので、これをSPA体験の最後のシェアにします。

[正語とサティヤ]
ガイドのメッセージとして、正語の重要性とその理由を様々な側面から伝えられました。
正語は仏教の八正道の一つで、嘘、陰口、誹謗中傷を戒める道徳律とされています。一方、ヨーガ八支則のヤマ(禁戒)の中でもサティヤ(Satya)として、同等の内容が説かれています。ヨーガのサティヤは道徳律であるだけでなく、ヨーガスートラの中で、サティヤを実践したヨギの言葉には世界を従わせる力が宿るとされています。一方、仏教でのサティヤ(Satya)は「諦」と訳され、正語(samyag-vāc)とは区分され、真理や悟りを意味します。
以下は、正語(言葉)が、四諦(苦諦、集諦、滅諦、道諦)全体に通じるというメッセージの紹介です。

[言葉の始まりと社会的な信念]
新生児は家族や他人との意思疎通により言葉を習得していきます。最初、言葉は他人との意思疎通の道具ですが、すぐに自身の思考も言語に依存するようになり、やがて言語以前の自身の内面を理解する事が難しくなっていきます。
言語は社会的な共有物であるため、個人の内面に社会の影響を取り込む事にもなります。心理学の観点では、自我の発達と同時に親の言葉などが内在化されて超自我を形成します。そして意識的な記憶は、表層意識から無意識へと蓄積されていきます。この過程で、言語を共有する社会集団の無意識と繋がり、社会的な性質を備えた信念体系が形成されていきます。
さらに、言葉の影響は、今生だけに留まりません。無意識化された過去世の言語的な信念は、その問題を解消するまで輪廻を望む執着として影響を持つようです。
このように、地上世界に輪廻する自我は言葉の強い影響下にあります。

[真言とロゴス]
非物質界でも言葉が存在の根底に存在します。I/Thereには複数存在の人生全体で成し遂げるテーマがあり、I/Thereクラスターのクラスター・カウンシルも、「愛」「真理」などの抽象的な概念を体現しているようです。
密教の真言(マントラ)も言葉であり、聖書の創世記では神のロゴス(はじめに言葉ありきーヨハネによる福音書ー)が記されています。
(聖書の「はじめに」という表現は、時間の最初では無く、時間に先立つ物事の始原あるいは宇宙の根源的原理を指し示すようです。)

真言宗の僧侶で仏教学者でもある宮坂宥洪は、著書『真釈 般若心経』の中で次のように記しています。
「祈りの言葉は常に真実です。(中略)これに対して普通の人間同士の言葉には噓偽りや虚飾がたくさんあります。(中略)祈りの言葉は人間同士の言葉ではありません。(中略)そしてその言葉は常に真実の言葉なのです。このような祈りの言葉をインドの古い言語、サンスクリットで「マントラ」といいます。翻訳すると、真実の言葉、すなわち「真言」です。」。このように真実の正語は真言であり、神のロゴスに繋がります。

[思考の自動再生]
人は、言葉を利用していると思いがちですが、実際には言葉によって「操作」されてもいます。自分の自我が言葉を基盤として成立しているため、言葉を使用する思考によって、自らが影響されてしまうのです。
言葉の影響は、思考や発言する瞬間だけではありません。ヘミシンク体験中に同じような雑念が繰り返し出てくるように、思考は自らを何度も再生させ続けます。言葉には、疑似生物的な自己複製・増殖の機能があります。無生物が自己複製を行う例は決して珍しいものではありません。ウイルスは代謝を行わない無生物として定義されますが、生物の体内で自分自身を複製します。狂牛病で知られるプリオンもタンパク質でありながら自己増殖して、生物の身体を侵食します。無機物でも、銀塩カメラのフィルムに使用される成分のように自己触媒機能を持つ物質は、周囲に自分と同じ物質を生成します。
これらと同様に、言語的思考である想念も人間の意識という環境下で自己複製を行っています。

[想念の浄化と再感染]
このような想念のうち、特に否定的で波動の低いものに意識が支配された場合に、浄化するための技法が多くの文化に存在します。日本の神道や仏教では、祓い(お払い)や、禊(みそぎ≒「身削ぎ」「身清ぎ」)、加持祈祷などが知られています。キリスト教では、「悪霊を追い払うこと」を意味するエクソシズム(悪魔払い)が行われてきました。これらの儀式では、非物質存在に対する言葉による依頼や祈り、勧告などの手段が用いられます。言葉による悪しき想念が、新たな言葉によって追放されます。
ただし、これらの儀式が効果を発揮しても、その状態が持続するとは限りません。ダスカロスによると、聖書の以下のくだりは、悪霊(低い波動のアストラル存在やエレメンタル)が、再度ヒトに取り付く様子を示しているといいます。(『新訳版 キリストのたとえ話 (ダスカロスによる註解書)』)
ーマタイによる福音書ー
「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。 それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。戻ってみると、空き家になっており、掃除をして、整えられていた。 そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を一緒に連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。この悪い時代の者たちもそのようになろう。」

ヨーガの立場では、表層意識を浄化しても、より深い意識層に執着の「種子(ビージャ)」が残っていると再度想念を生み出すとしており、死後に輪廻して地上世界に舞い戻る原因でもあるようです。このため、これらの種子を「焼いて」、再び芽を出さないようにする事を重視します。仏教の唯識では、思考や行為は種子(しゅうじ)に記録され、深層意識(阿頼耶識)に保持されます(薫習)。この種子は、阿頼耶識の中で作用して新たな種子を生み出します。さらには阿頼耶識を飛び出して、表層意識に影響を与えます。

このように、宗教的伝統によって表現の違いはありますが、浄化の後の振動数低下(再汚染)の様子が言及されています。このメカニズムは、F42のSPAのような高いフォーカスでの浄化でも同様です。このため、SPAのセッションと組み合わせて、振動数の低下を低減するワークを行うのが良いようです。


[マズローの欲求5段階説、クンダリーニヨーガ、レトリーバルと浄化]
お祓いや加持祈祷、エクソシズムだと、非日常的な意識状態や想念体に限定した特定分野の話のようにも思われるので、複数の視点から意識の普遍的なプロセスだという説明を加えます。
人間性心理学を創設した心理学者アブラハム・ハロルド・マズローは、生理的欲求、安全欲求、所属(愛)の欲求、尊重の欲求、自己実現欲求の5段階の欲求に沿って人間の意識が発展・成長すると考えました。彼の理論では、下位の欲求が満たされると上位の欲求へと意識の焦点が移っていきます。逆に安全欲求が満たされなければ、所属や愛を欲求する意識は健全に発達せず、所属や愛の感覚が不足した状態では自己実現欲求に基づく創造的な活動が制限されます。さらに、人間性心理学を拡張して自己実現以上の高次の意識の成長過程を加えることで、トランスパーソナル心理学が発展しました。
このメカニズムをエネルギーの観点から説明すると、クンダリニーヨーガになります。クンダリニーヨーガでは、第一チャクラのエネルギーを第七チャクラまで上昇させた後、ハートセンターに入れる事で覚醒に至るとしています。(※)クンダリニーの上昇を妨げる障壁はグランティ(結節)と呼ばれ、主なものは第一と第二チャクラの間にあるブラフマー・グランティ、第四と第五チャクラの間にあるヴィシュヌ・グランティ、第六と第七チャクラの間にあるルドラ・グランティです。(ルドラはシヴァと同一視されています。)
ブラフマ・グランティは肉体的・物質的・性的快感に対する執着であり、人間性心理学での生理的欲求や安全欲求に対応します。ヴィシュヌ・グランティは、他人との束縛や情緒的な関係性などへの執着であり、人間性心理学での所属(愛)の欲求や尊重の欲求に対応します。さらに、ルドラ・グランティは、シッディ(悟り)や霊的能力、プルシャ(真我)への執着であり、自己実現欲求やトランスパーソナル心理学における自己実現やそれ以降の高次欲求に対応します。
ヘミシンクの体験は、過去生や今生でのトラウマなどストーリーの形式をとる事が多くありますが、リリース&リチャージやF23のレトリーバルでは、安全欲求(恐れ)や生理的欲求(生物的欲望や怒り)、所属の欲求(孤独)などの低次欲求の割合が多く、F24~26の高いフォーカスレベルに進むほど、霊的執着を含む高次欲求の割合が多くなるようです。
このように、欲求・エネルギーの結節(詰まり)・トラウマ等の過去の出来事など、各精神技法によって表現は大きくは異なりますが、低次意識の未解決問題が高次の領域での意識成長を阻害し意識を低次欲求に引き戻す、その反対に、低次の意識的要請を満たす事で高次の意識成長が促進されるというメカニズムは、意識探索に共通する普遍性を持っています。
(※)クンダリニーをサハスラーラからハート・センターに導くことで覚醒するというのは、ラマナ・マハルシによる説明のようです。アリスベイリーなどの文献に記載されたチャクラの説明と比較すると、「第七チャクラ(サハスラーラ)から体外(頭上)の第八チャクラ(アセンション・チャクラ)を経由して再び体内に入りハート・センターに入る」という説明がより正確なのかも知れません。

[エンコーディングと自己催眠]
SPAで浄化した後の状態を維持し想念に再汚染されるのを避けるためには、日常の思考や言葉に気を付ける事(正語)が有効ですが、真言のように積極的に言葉の力を利用する事もできます。ヘミシンクでは、アファメーションやエンコーディング(※)がそれに該当します。
ピークウィークでは、フランシーンさんから「エンコーディングは、どのフォーカスレベルでも使う事が出来る」との説明がありました。C1で使用しても、F15での効果を発揮する事ができるようです。また、坂本さんの補足説明によると「エンコーディングは自己催眠」との事でした。催眠の技法では、潜在意識に作った仕掛けに異なる意識状態から直接働きかけることで、覚醒状態でも「ベルの音を聴いたら即座に寝てしまう。」などの現象が観察できます。エンコーディングの作用は、これと同じメカニズムが作用しているようです。C1と異なる深層のフォーカスレベルで言葉による操作を行い、フォーカスレベルを超えた言葉の影響を活用するのがエンコーディングという事のようです。言葉は深層心理に作用し、その内容によって悪い影響だけでなく望ましい影響も与えるようです。
(※)エンコーディングは、ヘミシンクCDのヒューマンプラス(『情報にアクセスする』『エネルギーにアクセスする』『メビウス・ウエスト』等)でも体験できます。

[例え話;バックグラウンドのアプリとマクロ言語]
量子力学など物理視点でのSPA体験とは異なり、思考、想念、エンコーディングは物質世界に無縁の話のようにも思えますが、物質世界のよく似た事象を、例え話としてガイドに伝えられました。
スマートフォンやPCなどの電子機器は、徐々に動作が遅くなることがありますが、この要因の一つとして、表に見えているアプリとは別にバックグラウンドのアプリが影響している場合があります。この場合は不要なアプリを終了させる事で動作が改善しますが、アプリの自動起動の設定を変更しないと、再起動する時に、再びアプリが起動してしまいます。これは、今生で回避またはある程度解消できたはずの過去世の問題が、輪廻を経た次の生で再発する状況に似ています。
無意識下の言語情報が作動するという状況は、プログラムコードのマクロ構文にも似ています。表に出ている画面やコードには表示されなくても、マクロの呼び出し宣言によって別の箇所で定義されたコードが処理されて結果に反映されます。このマクロ処理が不適切な場合は、マクロの定義コードを探して修正する必要がありますが、その反対に、マクロ機能を使いこなすと簡単な宣言で複雑な処理を実行することが出来ます。
これは、スマートフォンやPCの物理構造(ハード)ではなくソフト面の説明ですが、物質・非物質の諸身体やエネルギーの流れが人のハード面であるのに対して、エンコーディングは意識のソフトウェア的な特徴とその利用と言えそうです。

[顕薬と真言]
ここまで、無意識のエンコーディングによる振動数の低下と意識的なエンコーディング(正語)について、様々な視点からのメッセージを書いてきました。
SPA体験とエンコーディングのまとめとして、空海の言葉を引用します。

「顕薬は塵を払い、真言庫(くら)を開く」
ー(仏教のうち密教ではない)顕教は心の塵を払い、真言(マントラ)は無意識領域への扉を開くー

真言(マントラ)の由来は、マン(考える)とトラ(道具)を組み合わせた「思考の道具」、言葉を意味します。空海は言葉を単なる伝達手段と考えるのではなく、真実の実相と捉えていました。顕教での学びや瞑想により意識領域の塵を払うことで、疑いやネガティブな思考に邪魔されることなく、真言が「正語≒エンコーディング」としての効果を十分に発揮するようになります。空海の言葉をヘミシンクに翻訳すると、次のようになりそうです。
「SPA(やレトリーバル)で浄化してエンコーディングを併用すると、新たな探索の扉が開かれます!」 Plus Love Allow!!

[(追記)浄化と絶望]
エンコーディングの重要性を再確認するため、エンコーディング無しで浄化のみを完遂した人物の内面に入り込んでみた体験記を最後の文章とします。
その人は浄化を完成して深い絶望の中にいました。自己憐憫や後悔も無く、将来への僅かの期待も残っていませんでした。過去に遡って異なる選択が出来たとしても、一切の希望は存在しないとの確信がありました。
彼は大願成就のために、地位と家族を捨てました。瞑想の深奥に達し、苦行によって無意識化の執着も消滅していました。断食苦行で体を患い、断食への執着と修行仲間も手放し、彼の心の働きは停止しました。それでも彼が切望した生きる事の苦痛からの自由は手に入らない事は明らかでした。自然界の万物が目的無く流転するように、輪廻の車輪も意味も無く回転し、生まれ、老い、患い、死んでまた無意味に生まれるのです。別の生で、さらなる修行を積み重ねても、その過程を際限なく繰り返したとしても、彼の願いが成就しない事は今や明白でした。
若き日の彼は、人々が老い、患い、死んでいくのを我が事と捉え、この苦の連鎖からの離脱を切望しました。若かった彼の肉体にも老いの兆候が現れ、健康が損なわれ、彼の肉体は死に向かっていました。死から逃れるために家を出た彼ですが、もはや死を厭いませんでした。また積極的に死ぬ意味も失っていました。生と死、苦と楽は無目的に繰り返され、そこには出口や意味は無く、抵抗も自死も意味を為さないのは明らかでした。彼はただ座り、訪れる死を、歓迎も拒絶することも無くただ待ちました。
死が訪れました。彼の肉体では無く、彼の存在が死を迎えました。彼が自分だと思っていたアイデンティティが魂もろとも消失しました。アイデンティティが死んでしまったので、彼には名乗るべき名前はありません。それまで生きていた物質的な肉体が、それまでの慣性によって生命活動を続けていました。
以前の彼は、過去の記憶を抱え、未来への期待や不安を抱く事で、自分が「思考し、選択し、行為する」と考えていました。今では、自分である根拠、期待や不安、過去も未来も手放してしまったため、彼は思考・選択・行為の主体では無くなり、自身の存在の基盤を喪失していました。
世界には依然として苦が存在し万物が流転しますが、流転し苦しむ彼は消えました。苦からの解放を願う彼の想いは成就されませんが、問題を抱えた彼自身が消滅したので解決の無いまま問題が消滅しました。
自我は過去を未来に投影する事で、時間を実在のように見せかけます。宇宙の持つ無数の可能性の断片を順に並べて物語を作り出し、自らをその登場人物として錯覚します。可能性を限定して特定の選択肢に注意を振り向ける事で、自我は自らが選択者であり行為者であると錯覚します。自我がカルマの法則(原因と結果の法則)に縛られるのは、原因という名の過去から結果という未来への時間の経過という錯覚の中でしか自我が存在しえない事によります。
自我が消失してあらゆる時間と可能性の全体に溶け込む時、自我による選択や行為という幻想が消失し全体が現れました。「一切智者」の誕生でした。その知覚は、過去の原因が未来の結果に結びつくだけでなく、その反対に未来から過去へ、あるいは両立しない異なる時間軸の間での全ての事象が事事無礙に絡み合う様子を捉えていました。
一切知者の成立までに彼は彼の残滓であった全ての意図を放棄しており、彼は続いて起こるであろう肉体の死をただ待ちました。
その時、個別の魂を超えた神性あるいは全宇宙が彼の上位自己として、空の器となった彼に、衆生救済という意思を「エンコーディング」しました。それ以降、彼の教えの系統では、修行に先立って衆生への慈悲を自分自身に「エンコーディング」します。浄化の完成時にも、この慈悲心は保持され、自我や意図を失った肉体が全体の道具として機能するよう事前に設定しているのです。


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ニックネーム : Eri

3/8自己探求セミナーに参加しました。もう1ヶ月も前ですが…。あれ以降、頭が芯と冴えている状態の時は、なにか小さな事を計画するにも日常的なささいなことを行動するにも、「はて、これは自己によるものか?」と、ふと手が、動きが止まるようになってしまいまして苦笑
例えば、何か甘い物にふと手を伸ばそうとした本当にふとした瞬間、「あれ、これは自我じゃないのか?真の自己がやりたいことじゃないよなあ?」適当なTV番組を眺めていると、ふと、「あれ、自己はこんな情報を必要としてるかなあ??」 街中のショーウィンドウにディスプレイされてる素敵な商品に目移りした時、「あ、自己は…つまり本当の私はそんなものは必要じゃない、けど今までのエゴを満たそうとして一時的に現実逃避をしようとしてる癖がまだある。自我がまだ強いんだな、私…」という具合に、なんだか今までのアホな自分がくっきり見えてきたような。今まで、ずいぶん私は自我に呪縛されて真の自己を埋もれさせていたんだな。。。という、自分が怖くなるような気づきが、発見が、ありました。言葉で説明するのは難しいですね。言葉で説明しようとするこの私の意思も、自我かもしれない笑笑   マキ様、アヤ様、先月はお世話になりました。ありがとうございました。私の自己探求の道は当分、終わりません。いやまだ始まってもいないかも…??

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ニックネーム : 匿名希望者

4回目のセミナー参加です。
自宅レッスンでは味わえないワクワク感を
楽しみにしてました。
体から抜け出てく自分、それを別のところから見てる自分などの体験をしました。
また、複数回に渡り、何故かカニ🦀が現れて、
「みんな、繋がっているんだよ」とのメッセージが浮かんできました。夢か妄想かわかりませんが、初めてのセミナーで教えていただいた、浮かんできたものを深く考えずに流されていけば良いですよ、
とのアドバイスのとおりにしていると次から次へとアトラクションに乗り換える感じで楽しいけどかなり疲れてきました。^ ^

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ニックネーム : B

[エーテル]
SPAのセッションでは、「肉体、感情体、メンタル体、エセリック体」を癒すというナレーションがある。エセリック体(エーテル体)はエーテルダブル(エーテル複体)とも呼ばれ、近代神智学ではインド哲学の微細身(スークシュマ・シャリーラ)に該当するものとして理解された。粗大身である肉体と直接に結びつき肉体の維持を行うと同時に、肉体とより上位の諸身体と結びつけるものとされる。このエーテル体は、無生物を含む全ての物質に存在するとされており、ダスカロスは、物質的な身体だけでなくサイキック体やノエティック体などの上位の諸身体も振動数が異なるエーテル体を纏っていると説明している。スピリチュアリズムの中には、複数の高次身体があるのではなく振動数によって連続的に変化すると考える立場もあり、ダスカロスの見解は、近代神智学とスピリチュアリズムの中間に位置する。
このエーテル体はエーテルを素材とし存在する。エーテルは古代ギリシアにおいて天空の大気とされたアイテールから派生して、アリストテレスが四大元素を拡張して第五元素としたようだ。この第五元素(quintessence)という用語は、現代宇宙論でのダークエネルギーの候補としても利用されており、現在知られている重力、電磁気力、弱い力、強い力に加わる第5の力とする仮説もある。
一方、古代インドでは、地、水、火、風の四大に加えて虚空(アーカーシャ)を空大として五大を形成した。真言密教ではこれに識大を加えて六大としている。ブラヴァッキーが神智学会の拠点をインドに移した後、神智学者は、西洋由来のエーテルとアーカーシャを同一視するようになった。アーカーシャは、宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているとされている。(アカシックレコード)
ただし、19世紀末までエーテルは神秘主義者の独占物ではなく、海水が波の媒体であるように光の媒体としてはエーテルが存在する事は物理学者の共通理解だった。

[エーテルの否定と場の量子論の成立]
1887年、米国の物理学者マイケルソンとモーリーは、光速に対する地球の速さの影響を調べる実験を行った。太陽の周り公転する地球にはエーテルの風が吹きつけているはずなので、彼らは測定する方向によって光速が異なると考えた。流れる川の上の波や風が吹いている時の音の伝達速度が、流れに沿った方向と逆行する方向で違うことと同じ原理である。しかし結果は、どの角度で測定しても光速が変化せず、実験は完全な失敗に終わった。実在すると信じられていたエーテルの影響は全く無かったのである。これによってエーテルは物理学界からは姿を消す。一方、この失敗した実験の結論「光速の不変性」は1905年の特殊相対性理論の発表につながった。
特殊相対性理論は、光速に近い高速の物理現象を記述するための理論である。特殊相対論は重力の影響を含めておらず、重力の作用を取り入れた一般相対性理論はアインシュタイン自身の何度かの修正の後に1915年頃に成立した。

光速に近い速度で移動する粒子の物理学を記述するには、前掲の量子力学と特殊相対性理論の統合が必要となるため、物理学の次の展開として相対論的量子力学が誕生する。
しかし、光速に近い高エネルギーの粒子を衝突させる散乱実験では、波動と粒子という従来の量子力学での二重性だけでなく、粒子の高い速度エネルギーによって元の粒子と全く異なる種類の多数の粒子やその反物質が生成される事象を記述する必要がある。相対論的量子力学ではこの現象を記述する事ができない。
この状況に対応するために、粒子を波動的に扱う通常の量子力学ではなく、波をその媒体から記述する場の理論を量子化して場の量子論が作り出された。場の量子論では、粒子の生成・消滅を量子的に取り扱う第二量子化によって、粒子のように1つ2つと数える事が出来る量子場上の波が、生成したり消滅したりする描像を表現する。また、ニュートン力学が相対性理論の低速での近似理論であり、マクロな現象での量子力学の近似理論であるように、従来の量子力学は場の量子論における低エネルギー状態での近似理論となっている。

現代物理学の素粒子標準模型は全て場の量子論によって記述されており、現在研究途上の大統一理論(GUT)や超対称性大統一理論(SUSY GUT)も、この場の量子論に基づいて研究されている。重力を含む超弦理論などは、場の量子論とは異なる枠組みだが、超弦理論のさらに高次の理論として超弦の生成・消滅を取り扱う、弦の場の理論(SFT)の研究が進んでおり、量子場は物理の根源的描像と見なされている。
場の量子論による計算では、ファインマン・ダイアグラムという描像が理解しやすく頻繁に用いられる。例えば、手で壁を押すという状況を手と壁の接点だけで説明すると、手の表面の細胞-(の中の)分子-(の中の)原子-(の中の)電子と壁の表面に存在する電子との間の電磁的な力相互作用だが、場の量子論の描像では、手の電子から壁の電子に向かって仮想光子が移動する事で力を伝える。(量子論では、ごく短時間のミクロな現象で光速を超えた光子が存在して「仮想光子」と呼ばれる。)
光子は電磁波であり、電磁波の粒子的描像が光子である。このように日常で働く力の大部分は電磁相互作用であり、電磁相互作用の強さは微細構造定数(アルファ)によって決められる。上述のように2つの電子の間を仮想光子が移動が移動するダイアグラムでは、(手の表面の)電子Aと仮想光子、仮想光子と(壁の表面の)電子Bの計2箇所で粒子間の接点があるため、この反応の力(起きやすさ)はアルファの2乗に比例する。
しかし、量子力学で一つの電子の波動が2つのスリットを通過して干渉するように、場の量子論では類似の異なるダイアグラムからの影響も受ける。例えば、上述の2つの電子の間を仮想光子が移動する場合、仮想光子から電子と陽電子のペアが対生成され、さらに対消滅を起こして再度仮想光子に戻るダイアグラムなどが影響を及ぼす。量子力学で観測されない途中経過が干渉するように、基本ダイアグラムの世界線とは異なるもう一つの世界線が干渉しているような状況である。この場合、元のダイアグラムと比較して、仮想光子と対生成される粒子・反粒子対と対消滅する粒子・反粒子対と仮想光子の2点が追加されるので、影響度は元のダイアグラムに対してアルファの二乗倍程度の大きさ(小ささ)となる。
実験による観測では、この微細構造定数アルファは、約137分の1という値であることが分かっているので、図形が複雑な高次のダイアグラムほどアルファを乗じることで影響度が小さくなっていく。
ここで微細構造定数アルファについて詳述したのは、SPAが存在するF42の施設の名称がSSAS(Space Station Alpha Squared)のようにアルファの2乗を含んでおり、物理理論のメタファーの要素を含んでいる事による。SSASの存在するF42はI/Thereクラスターに接触するフォーカスレベルでもあるが、F34-F35のI/Thereが過去や未来を含む自分自身(※)であるのに対して、I/Thereクラスターは自分の近い存在、アルファの2乗程度異なるダイアグラムのように量子的に隣接する世界線の自分、あるいは異なる世界線で自分であり得た存在のようだ。
(※)文脈によって用語が異なるが、グループソウル(類魂)や全てのソウルエクステンションを含む広義の「ソウル」のように、体験を直接共有する存在はクラスターでは無くI/Thereの側にを含まれるように感じられる。

辻 麻里子の著作『22を超えてゆけ』シリーズの中には場の量子論という言葉は無いものの、1/137が謎の一つとして出てくる。この謎はシリーズの中で明確に解答されていなかったように思う。
なお、F49の施設の名称はSSAXであり、同じ類推をするとSSASとの対比で考えるとアルファのx乗(任意の乗数)のメタファーが含まれている。F42との相違は、I/Thereスーパークラスターには宇宙誕生以来の全ての量子的可能性(任意のx乗の相違を含む)、全ての世界線に対応する存在が含まれていることになる。このような全ての量子過程の影響を足し上げる計算が場の量子論の中に存在し、全てのダイアグラムを足し上げた結果が物理現象の正しい発生確率を与える。このような計算手法は摂動論と呼ばれている。縁起という言葉が示すように、私たちの見る世界は全ての世界線の影響も含むことで成立しているのである。

ここで再びエーテルに話を戻す。上記のとおり、光を運ぶ媒体としてのエーテルは否定されたが、量子場として復権した。量子場それ自体は物質ではなく、マイケルソン・モーリーの実験のようにエーテルの風を起こすような事が無いが、場の量子論に基づく素粒子モデルは精確な予測が実証され続けている。さらに、量子場から予想される真空エネルギーが実験で立証される事で量子場の実在性が確立された。(カシミール効果)
量子場は光を運ぶエーテルの機能に加えて、近代神智学がエーテルと同一視したアーカーシャのように宇宙誕生以来の情報を保持しているだろうか。
場の量子論では、情報が失われない事が知られている。このことを示す特徴的な事象として、ブラックホール情報問題がある。ブラックホールは、質量・回転速度(角運動量)・電荷のみの情報を保持するため、ブラックホールに吸収された物質の情報は消滅してしまうように考えられていた。これは消滅しないはずの情報が消失する物理学の情報パラドックスとされていたが、現在では幾つかの証拠によって情報は消滅せず保存されると考えられている。その証拠の一つは、AdS/CFTと呼ばれるホログラフィック理論の発展である。これは重力を含む弦の理論は、重力を含まない場の量子論の一次元低い時空での理論と等価だという発見である。

ブラックホールは重力現象だが、重力を含まず情報が保存される場の理論と対応関係が付くことから、重力を含む理論の側でも情報が消滅していない事を示唆している。具体的に、どのようにしてブラックホールを含む系の情報が維持されるのかというメカニズムについても複数の研究があり、その一つではブラックホールが物質を吸い込んだ際に拡大するブラックホール表面(事象の地平線)の面積に保存される量子情報と吸い込まれた物質の持つ情報量が同等であるという計算結果があり、ブラックホールが蒸発する時に、表面に保持されていた情報が蒸発する粒子と共に復元される。近年の研究では、ブラックホールは物質を飲み込む巨大な穴では無く、気体、液体、固体などと類似の意味での物質の相転移であり、高密度な状態ではあるが事象の地平面を持たないとの仮説がある。ここでは、凝縮した粒子が高密度の層を成しており、情報は物質粒子と切り離されず、蒸発とともにブラックホールから出てくることになる。
このように、量子場とその構成物からなる宇宙はインド由来のアーカーシャと同じく全ての情報を失うことなく保持しているようである。このように量子場をエーテルやアーカーシャと見なす立場は、示唆的あるいは論証が不十分ではあるが、アーヴィン ラズロ著の『叡知の海・宇宙』などに見られる。

[エーテル体]
エーテルやアーカーシャが量子場だとすると、エーテル体はどのような現象だろう。全ての物質にエーテル体が付随するように、全ての物質に対して派生する場の量子論の現象がある。これは真空偏極と呼ばれ、例えば電子が存在するとき、電子の場は電子の周辺でプラスの電荷とマイナスの電荷が偏極現象を起こす。電子の量子場は粒子を対生成するエネルギーに満たない状態で、無数の電子とその反粒子の陽電子が対になって凝縮した状態である。ただし、量子論的には不確定性原理に基づいて、極めて短い時間であれば高いエネルギー状態を取る事が可能なため、直接観測されない短い時間レベルで真空中の電子と陽電子が対生成と対消滅を繰り返している。真空偏極の中心に単独で存在する電子はマイナスの電荷を持っているので、対生成と対消滅を繰り返す電子・陽電子対のうち、プラスの電荷を持つ陽電子は中心の電子に引き寄せられ、マイナスの電荷を持つ電子は遠くへ押しのけられる。このように、電子の周りの電子・陽電子からなる場の偏極は裸の電子を覆い隠し、実際に物理的な反応をするのは中心の電子では無く、この電子の偏極である。眼が光を感知する時も耳で音を聴く時も、あるいは食品からの栄養吸収や呼吸、脳の中のニューロン反応も、電子そのものでは無く、その周辺の真空偏極が作用している。

インドのウパニシャッド文献および後の時代のサーンキヤ学派やヨーガの身体観では、物質的身体(食物鞘:アンナマヤ・コーシャ)から歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)までの5つの鞘(パンチャコーシャ)のさらに内側に真我(プルシャ)が存在する。この5つの鞘うち、2つ目の生気鞘(プラーナマヤ・コーシャ)がエーテル体に相当し、呼吸によって身体にエネルギーを取り入れて、循環・排出する作用を持つ。3つ目の意思鞘(マノマヤ・コーシャ)は感情体に相当し、4つ目の理知鞘(ヴィジュナーナマヤ・コーシャ)は理性を、5つ目の歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)は記憶を司る。
一方、仏教では粗大身(肉体)や微細身(霊的身体)などの言葉は存在するものの、特に唯蘊無我説の成立時期から大乗仏教での唯識・中観派までの流れ(日本では南都六宗での倶舎宗、法相宗、三論宗)の中で、出来る限り実在論的な身体・物資観を避けて、五蘊(色受想行識)の作用としての説明を重視しているように見える。出所が同じインド哲学にある事から、五蘊と5つの鞘は相互に対応が付く要素が多く、第一の色蘊を食物鞘に対応させ、第二以降の受蘊から第五の識蘊を生気鞘から歓喜鞘に対応させる事が出来る。この場合、第二の受蘊(感受作用)が生気鞘(プラーナマヤ・コーシャ;エーテル体)の作用に該当するので、上述のとおり、物理的身体に沿って存在する量子場の真空偏極がこの役割を果たしている。また、情報を蓄える量子場の作用は歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)あるいは識蘊に対応する。
上記のとおり、全ての物質には真空偏極(エーテル体)が伴うが、量子場そのものには情報が蓄えられており歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ;識蘊)の役割を果たすことが出来る。物理学の用語によって、非物質な諸身体を表現する事には違和感が感じられるかもしれない。しかしながら、サーンキヤ学派やヨーガの伝統では、純粋主体(プルシャ)以外の全ての要素は、内面的な思考や感情を含めて全てが認識の対象物(プラクリティ)として物質に近い客体として扱われる。この主体と客体の境界線は、物質世界を自然科学の対象として内面的な思考や感情と区分した、デカルト的(西洋的)な二元論の区分とは大きく異なっている。人工知能を例として考えてみれば分かるように、物体としてのコンピューターだけでなく、CPUで行われる演算(思考)の内容やHDやSSDドライブに蓄積される情報(記憶)を含めて、物質的な理論で理解が可能であり、モニターの前に存在する人(主体;プルシャ)の存在だけが、物質的理論の対象外である。このように、上位の諸身体もまたエーテル体の作用を持つ量子場に対応し、物質的身体に付随するエーテル体と量子状態を介して結合している。

ここまで、主として電子の量子場の真空偏極について記載したが、ゴッドフリー・レイ・キングの著書には電子の身体という表現もある。ただ、その一方で一般には光の身体(ライトボディ)という表現が多いので、電子場の真空偏極が光と同様の作用をし得ることを記載する。前述のとおり裸の電子が存在するとき、その周囲の真空は電子の作る電場の影響で真空偏極を起こし電気双極子を構成する。一方、(可視)光は電磁波が特定の波長域を取る時に眼で見る事が出来る物であり、電場と磁場が相互に作用しながら空間を伝播する波である。このとき、場の量子論の観点では電場が電子の場の真空偏極を引き起こしており、真空偏極が波として伝わっていく現象という側面がある。この反対に真空偏極した量子場は、光と相互作用を起こす。実験においても、電子のようなスピンを持つ粒子を磁場中に置くと、おもちゃのコマが揺れるような歳差運動(振動)する事が実証されており(ラーモア歳差運動)、真空偏極の描像はそのまま光の身体に対応している。なお、量子場には全ての振動数が存在するが、物質(身体)に結合して影響を及ぼすのは、肉体に付随する真空偏極(エーテル体)と共鳴する振動数に限定されると考えられる。
このことから、真空偏極(エーテル体)からなる身体は、振動数を可視光のレベルに上昇させることができれば、光を放つ、あるいは「虹の身体」のように吸収した光を様々な形で放出する事が出来る。さらに、物質的身体周辺の真空偏極を同じ強度でエーテル体で再現した場合、物質体が存在するのと同様に作用するため、非物質の身体で見たり触れたり出来る事も説明できる。
SPAの名称であるSubatomic(亜原子)という名称は、物質的な(量子的に励起した)素粒子だけを想定するのではなく、このような量子場の(半物質的)作用も想定しているようである。

量子論では、このエーテル(体)とそれを構成する量子場には全ての過去の情報を蓄えている。SPAで、エセリック体を癒すという場合、この情報を書き換える事と同義となる。これは別の世界線への移動あるいは過去の変更と同義である。過去が実在して確定しているという考え方からすると、過去の変更という行為は奇妙に感じられるかもしれないが、過去とは現在の量子場に存在する量子情報であり、量子的に並行な世界では異なった過去が存在する。PCのモニターがどのような画像でも表示できるように、多世界解釈での量子場には実現しなかった別の全ての可能性も存在している。
これは『奇跡のコース』の赦しと類似している。奇跡のコースの考え方では世界は実在しておらず、過去も実在では無い。赦しとは単にその過去が存在しなかったことを認識するだけである。
禅の話だが、道元は諸悪莫作を異なった仕方で解釈した。 『正法眼蔵』で、道元は「諸(もろもろ)の悪を作(な)さ莫 ( な ) い」(悪事を働かない)という道徳律ではなく、「諸悪は作(な)され莫 ( な )ない」と読み替えてみせた。ただ量子のダンスがある。エゴは実在せず無我である。故に、行為者も無く行為も存在しない。そして諸悪は為されえない。

量子場には、眼の前の不完全な世界も含まれている。F49のアルファのx(任意)乗の観点では、量子場上の全ての可能性は満たされる事で初めて宇宙は完全となるので、この不完全な世界もまた欠かすことが出来ない。不完全に見える全ての事象を含むことで、宇宙全体は完全である。また、このF49の視点では、全ての可能性が実現されているので、特定の何か(行為)が選択される事が無い。この視点でも、私たちは行為者ではありえない。全ての部分が満たされてF49を超える時、実数が孤立した数の集まりでは無く、より高い密度の一元的存在であるように、非二元の世界が広がっている。

通常のエネルギーでは、真空偏極に覆われた電子の本体を見る事が出来ないが、高い振動数(エネルギー)の光はより電子に近づくことが出来る。このとき、裸の電子に近づくことにより微細構造定数アルファは徐々に大きくなる。この現象は、走る結合定数 (running coupling constant)と呼ばれ、電磁相互作用以外の核力等(強い力、弱い力)に関連する結合定数も高いエネルギー域では徐々に変化する。
このとき、超対称性と呼ばれる機構が存在すると、あるエネルギーで全ての力(電磁気力、強い力、弱い力)が同一の結合定数となり、大統一理論が成立する事が分かっている。超対称性とは、電子のような物質粒子と光のように力やエネルギーを伝える粒子の間の対称性である。したがって、この高エネルギーでは、電子などの粒子は真空偏極無しで反応し、光と同種の存在になっている。それ以上のエネルギー領域では、物質(身体)と光の体のような区分が存在しない。

さらに振動数を上昇させると、重力も統一理論に含まれるようになる。
量子力学に特殊相対性理論を取り込むと量子場という形式でエーテルが表現された。このエーテルから成るエーテル体は肉体と精神が結合する機構であると同時に対外離脱のメカニズムを発生させた。
一方、一般相対性理論によって、重力は時空の歪みであることが分かっている。重力の量子論がどのように定式化されるのか確定していないが、一般相対性理論(時空)を量子化する事で宇宙(時空)を超越する体験のメカニズムへの理解が期待できる。

哲学者イマヌエル・カントは、人間の感性にそなわった主観的な形式であると主張した。この理由の一つとして、人間には物自体を把握する能力が無く物自体そのものを把握できるのは神のみであり、人間は「物自体に触発されて生じる現象」をとらえることができるだけ、という彼の哲学が根底にある。また彼は、認識にアプリオリとアポステリオリの区別を設定し、認識を主観と客観の協働としている。
ここで、物自体を真の実在である量子場に置き換え、粒子描像を「物自体(量子場)に触発されて生じる現象」、アプリオリな認識をQBismでの事前確率の認識とすると、量子論と同一の主張となる。

現在では、宇宙の創成も量子効果によっていると考えられている。宇宙開闢以前の時間も空間も無い「量子場」は、実現可能な全ての宇宙の存在と不在とそれらの宇宙の中での全ての歴史を含み、この宇宙に存在する全ての量子場の可能性を含んだ、時間以前かつ永遠の統一場である。私たちの本質が永遠の存在でだとすると、私たちの故郷もこの統一場であり、また私たちは時間を超えて常にそこに接触している。


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ニックネーム : B

参加中のセミナー(ピークウィーク)で、SPA体験の続きに関連したメッセージを受け取ったので、シェアしてみます。

[5つのメッセージ]
今回、2018年に参加したゲートウェイ・ヴォエッジに続くメッセージをもらった。
ゲートウェイ・ヴォエッジでは、「5つのメッセージ」セッションの「5番目のメッセージ」で、碁盤目のヴィジョンが出てきた。(囲碁は、将棋のようにマス目の中では無く、線の交差する「目」に白黒の石を置く。)
トレーナーに影響された駄洒落だと思っていたら、ガイドの解説があり「碁盤には縦横19本づつの線があり、19×19=361つの目がある。360(度)は一回転を表し、フラットな平面上の動きだが、+1がその平面とは異なる垂直方向への新たな動きを表す。」との事。これが、最初のモンロー研プログラムでの印象的なメッセージとなった。

今回のピークウィークでも同じセッションがあり、再度碁盤が出てきた。今回は2つの碁盤があり、2つ目の碁盤は一つ目の碁盤の上に45度回転させた状態で、積み上げられている。上から見ると八芒星の形状で、いつの間にか変化させられていた私の新しいPICコードと同じ図形である。
ガイドに尋ねてみたところ、「2つの碁盤で、目の数は361+361=722。720(度)は2回転で、物質の粒子が元の状態に戻る角度。+2は、その物質界から二段階の上昇を意味する。」との事。
(光以外の、電子やクオークなど物質を構成する粒子は、2回転で元に戻る性質を持っておりフェルミオンと呼ばれる。)

現在の人類が存在する物質界を第三密度とすると、バシャールが言及する人類共通のアセンションの移行先は+1の第四密度だが、ヘミシンクを聴く私たちが目指すのは、+2の第五密度のようである。
また八芒星の8は、新しい位相を意味するとの事。「1オクターブには7つのメジャーな音(ド~シ)があり、8番目の音は次のオクターブの始まり。」「人体上のよく知られたチャクラは7つあり、8つ目のチャクラ(頭上に存在)を活性化するとアセンションが促される。」との説明だった。

なお、メッセージの後、囲碁AIの「アルファ碁」が上下の碁盤で碁を打ち始めた。「アルファ碁」が2台でアルファの2乗だそうだ。(こちらもSPA体験でのメッセージに繋がっている。)


前回の体験シェアの続きとしては、SLⅡで貰ったメッセージ「物質界からのアセンションについての物理の観点での説明」を投稿するつもりでしたが、それを念押しするようなメッセージだったので、シンプルなこちらのメッセージを先にシェアしてみました。


カテゴリ:ピーク・ウィーク
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SPA体験-1- 量子の見性

2023年3月18日

ニックネーム : B

SLⅡとSLRでのSPAの体験談を書こうと決意したのですが、書けないまま時間が経過してしまいました。セミナー参加中は、ヘミシンクのみに時間を使える良い機会なので、断片的に書き進めてみます。
SPA(Subatomic Particle Accelerator; 亜原子加速器)は物理学のメタファーで、ガイドの説明も物理学からの視点が多くありました。
また、SLⅡでは物理学関連のレクチャーが多いですが、その内容に加えて、なぜ非物質世界に重点を置くヘミシンクのセミナーで物理学の情報が重要視されるのか、という視点も重要だと感じます。このため、ガイドの言葉を踏まえて悟り(見性)との関係性や、SLⅡのテーマであるアセンションとの関わりもガイドの説明等から理解できた範囲で記載してみます。

なお、物理学以外では、ゴッドフリー・レイ・キングの著書では、物質的肉体をアセンションさせる原子加速について書かれていて、ジョシュア・デイヴィッド・ストーンの本でも紹介されています。
また、「原子」と「亜原子」という用語にも複数の文脈があり、物理学では原子が電子や原子核から成る複合粒子であったことが判明したため、亜原子は原子よりも小さい粒子(電子、原子核、陽子、中性子、クオーク等)の総称として用いられます。一方、神智学などの立場では、真の基本原子(素粒子)に対して「原子」という用語を用いたため、物理学とは逆に亜原子という用語が複数の原子からなる複合粒子として用いられます。
しかしSPAでの亜原子には、このどちらでもない意味も含まれているように感じられるため、その印象も書いてみます。

[量子力学]
量子力学では、空間に広がった粒子の波動関数が位置の測定によって一点に決定され、それ以前の波の性質を失う事例のように、観測によって一瞬で(相対論での光の速度を超えて)量子状態が変化してしまう。また、量子力学は、どのような数値が観測されるかという点については非常に高い精度で確率的な予測ができるものの、観測によって物理状態が変化する理由は説明していない。
この問題に対する主な説明は、観測によって波動が一点に収縮すると考える主流のコペンハーゲン解釈の他、観測によって観測者は自分の観測した世界に移行して、その観測値以外の波動関数の可能性とは切り離される事で世界が分岐する多世界解釈などがある。多世界解釈の支持者の強調する点は、コペンハーゲン解釈における特定の観測値への収縮という事象は量子力学に含まれておらず、したがって量子力学にしたがって波動関数の全ての可能性をみたすように世界が分岐することで、量子力学の波動関数が維持されるという主張である。
しかし、この多世界解釈への不満を述べるのであれば、世界の分岐という事象もまた量子力学には含まれているわけではない。波動の収縮も世界の分岐も、量子力学が示す世界に含まれないのであれば、収縮あるいは分岐するのは世界や波動関数ではなく、観察者のマインドだとする方が妥当では無いかと思われる。
このような波動関数の収縮は観察者の主観的変化だとする量子力学の解釈の一つとして、2000年代以降、QBism(Quantum Bayesianism;量子ベイズ主義)が提起されている。
ベイズ主義とは、主観的な確率の認識を定式化したベイズの定理に基づいた確率・統計理論である。例えば宝くじを購入する場合、通常の確率理論では宝くじの総数に含まれる当たりくじ総数の割合を真の当選確率と見なして、十分に多くのくじを購入した場合には、大数の法則に従って当たりくじの比率がこの客観的確率に近づくと考える。(頻度解釈)
この一方で、ベイズ主義に基づく確率の主観的な認識では、事前の確率予測がくじを購入するたびに更新される。事前情報が全く無ければ当たりの事前確率を例えば50%と見なして、外れくじが出れば当たりの確率の想定を引き下げ、当たりくじが出れば確率を引き上げる。また、客観的な当たりの割合の情報が入手できていれば、それを事前確率として実際の購入の経験により主観的な確率が事後的に更新されていく。(この全体の当たりくじの割合と異なる確率は、主観的には、当たりくじの偏りや運の良さ/悪さなどとして理解されるかも知れない。)
ベイズ主義を量子力学の解釈に適用すると、波動関数とは各観測主体にとっての事前確率となる。観測行為によって観測者の確率認識が更新され、例えば粒子の位置はある場所に100%存在するというように変更される。
このベイズ的な解釈に基づくと、Aが粒子の位置を観測し友人Bに伝えたような思考実験で、波動はどのタイミングで収縮したのか、Aが観測した時点なのかBが結果を知った時点なのか、という問題(ウィグナーの友人問題)が解消される。波動関数の収縮は各観測者の主観的な認識変化なので、Aが観測を終えたがBにまだ伝えていない時点ではAにとっての波動関数は既に収縮している一方で、観測結果を伝達されていないBにとって波動関数は収縮していない。全ての観測者は、異なる内面世界に住んでいる事になるが、量子力学を超えた予測は存在しないため、間主観的な世界観(AとBが同じ観測結果を共有している)は存在しても、万人にとっての客観的な世界は存在しない。

QBismに対しては、観測者の主観という曖昧な存在を物理学に取り込むことに対する物理関係者からの反論あるい反感が見られる。宇宙は観測者である人間が存在する前から存在しているのに人間の主観で世界が決定されると考えるのは傲慢だ、というように客観的な外的世界を観察者たる人間が認識するという伝統的自然観・物理感が見て取れる。あるいは、違和感の根底には、真実の物理的世界と物理の理論がどのような関係であるの(あるべき)かに関する大きなギャップがある。即ち、量子力学が従来のニュートン力学のように全てを決定論的に計算できないとしても、自然は物理学に従う、あるいは自然が従うような理論を探すのが物理学であるという信念が、反論者のベースとなっているようである。
一方、QBismでは物理理論は個々の観測者の持つ地図であり真の物理世界そのものでは無いとの立場であり、従来の物理理論と自然界との関係とは異なり、物理理論は客観的で確実に実在する世界を司る法則という地位を追われてしまっている。それでは、量子力学ではなく観測される粒子の側に隠れた情報が存在するような、より正しい理論(隠れた変数理論)が存在するという別の道を模索したくなるが、この可能性は実験によってほぼ否定されてしまっている。(ただし否定された隠れた変数理論は局所的な理論なので、非局所的な隠れた変数を持つ理論が存在し、量子力学を包含するものとなる可能性は残されている。)

QBismは相対性理論以上に観測者ごとの世界認識を相対化した。QBismが量子力学の主要な実験結果の全てに合理的な説明を与えられるかどうか、まだ判断できないが、これは波動の収縮というコペンハーゲン解釈の延長線上にある理論であるため、発展途上の理論だという感覚を持っている。将来的には多世界解釈と統合されて、なぜ個々人が分離した視点・内面を持っているのか(なぜ私は他の人から分離したこの私なのか)という問いに答えを与えてくれることを期待している。即ち、なぜ精神を取り扱うのに量子力学が重要であるかという問いに戻ると、量子力学が観測を通じて複数の可能性の中から特定の現実を選択するという特色を持っていて、なぜ私はこの個人として存在しているのかという問題、あるいはエゴの存在に対して、回答を与えてくれるという期待を抱かせてくれる。また、宇宙の始まりから、あるいは宇宙の発生自体も量子力学のメカニズムに基づいていることから、私たちの住む世界は何故このようであるのか、という問いにも関連している。

宗教的伝統には、この状況をより高い視点から見た説明も存在している。大乗起信論の説明では、分離の無い唯一の実体である真如(心)が、それ自体真如の一要素である無明との関係によって業を生み出し分岐していく。それは、途切れることのない一体の波動関数の世界にいたはずの観測者が、観測によって収縮あるいは分岐した特定の世界に閉じ込められていくのに類似して見える。また、荘子は一元的な混沌について語り、プロティノスも一者について説いた。このような宗教的体験の記録に基づけば、私たちは観測者として世界を収縮・分岐させることなく、原初の未踏の世界を把握できるだろうか?
量子力学以前のニュートン力学では、位置や速度、質量、エネルギー、時間は特定の値として決定可能だった。このような決定論は、量子物理学に対して古典的物理学と名称される。実験室の機器による観測は、曖昧だった波動関数を特定の観測結果に置き換える量子から古典への移行だといえる。一般に、ミクロの世界は量子物理学で記述できるが、実験器具や人体のようなマクロな存在がミクロの世界を観測すると、量子の状態を破壊して、ミクロの対象物を古典物理学の世界に移行させてしまう。だとすると、量子論で成立している世界を量子論のまま認識するのは不可能にも思われる。
言語や理性的な理解を超える存在を、その絶対性のまま認識できると主張することを神秘主義だとすると、量子世界をそのままの姿で認識するという主張は、現代版の神秘主義なのかもしれない。

[量子生物学]
マクロな身体を持った人間が量子の世界を破壊せず、マクロな古典論の世界に移行せず、そのままの姿で捉える量子的な認識機能を有している可能性はあるだろうか。常識的に考えれば不可能に思われるが、量子生物学の発展とともに常識が変化しつつあるようだ。
ジム・アル=カリーリとジョンジョー・マクファデンの共著『量子力学で生命の謎を解く』で紹介された事例では、渡り鳥であるヨーロッパコマドリがタンパク質のクリプトクロムの三重項(通常はスピン0の分子がごく短時間スピン1となる量子的状態)反応によって地磁気を肉眼で見ている事例や、人の嗅覚の受容体が300~1,000種類程度しか無く、各受容体は1種類の分子の末端形状にしか反応しないにも拘らず、匂い分子全体の量子的な振動を感知して1万種類を超える匂い分子を分別できる事例などが紹介されている。
なお、ヨーロッパコマドリの事例は2004年ネイチャーに掲載された論文が契機となっているが、人間の眼にも同じクリプトクロムが存在し、ショウジョウバエなどの実験でもヨーロッパコマドリ同様に地磁気を感知できるという結果が得られている。
日本の量子科学技術研究開発機構 量子生命科学研究所でも、カワラバトを用いて追証実験が行われてポジティブな成果を示している。
『鳥の“帰巣本能”を解明する新たな手掛かりを発見』
https://www.qst.go.jp/site/iqls/3mini220715.html

ヒトを含む生物の知覚機能には量子効果が重要な役目を果たしていると同時に、ヒトの物理的身体は原初の量子世界に触れられる機能を持っているようだ。それでは、なぜ通常の意識で見える世界は可能性を孕んだ原初の世界では無く、波動が収縮あるいは分岐した後の古典論的な世界なのだろうか。
QBismの立場に立てば、この理由を観察者の内面に求めることが出来る。そこでは、過去の経験に基づく事前予測が観察で修正され、それが観察結果となるのだった。

では、完全に事前予測あるいは事前の世界観無しに世界を観照したら何がおこるのか。
ジョー・ディスペンザの著作(『あなたという習慣を断つ』、『超自然になる』など)では、日常的な意識状態では現在の経験に留まることが出来ず、過去の記憶を現在の経験に投影し、将来を予想する無意識下のプログラムによって、今にいることのエネルギーを失っていることが繰り返し説明されている。
また、禅語録の中には、何かを知覚した際の見性の話が多く記録されている。ある僧は竹に石が当たった音を聞いて悟り、また別の僧は小川の音を聞いて悟った等々。
京都学派に属する上田閑照は共著『十牛図』の中で、キリスト教神秘主義の系統に属する詩人アンゲールス・ジレジウスの詩の一節「薔薇は何故無しにある、それは咲くが故に咲く」と、宋代の禅僧、廓庵が十牛図の第九「返本還源(へんぽんげんげん)」に当てた頌「水は自ずから茫茫、花は自ら紅なり」を比較している。前者と後者は非常に近い境地にある。しかし上田は、前者には「故に」に微かに根拠を求める精神の残滓を見て、後者との決定的な断絶としている。そこに微かな根拠の構造あるいは何らかの論理があるとき、前提と結論との間には必然的な前後関係が存在し、故に二元性と同時に前提から結論へ向かう時間の矢が暗示されている。そして人は、永遠の今という楽園から追い出されてしまうようだ。

ラジニーシ(OSHO)の講和集をまとめた書籍の中に、『無水夢月』という作品がある。鎌倉時代の御家人安達の娘であった千代野は、俗世への執着を断つため薬品で顔を焼いて修行に励んだものの長く見性を得られなかった。ある夜、いつものように井戸で水を汲み運ぼうとしたところ、桶の底が脱けて表面に映った月とともに水が落ちてしまった。この瞬間、千代野は解脱を得たとされる。この井戸は、現在も鎌倉の海蔵寺に底脱の井として残っている。アインシュタインは「君が見上げているときだけ月が存在していると本当に信じるのか?」と量子力学に関する不信感を生涯抱き続けたという。彼が千代野の逸話やQBismを知ったとしたら、どのような反応を見せただろうか。

鈴木大拙と並んで「2人の鈴木」と呼ばれた禅僧、鈴木俊隆は『禅マインド ビギナーズ・マインド(初心禅心)』の中で、初心者にこそ可能性が拓かれているとしている。QBismの観点で読み解けば、過去の経験の地図を持ち出してしまうベテランは、必然的に古典論的な観察者となってしまい、実相を逃し続ける。禅と関わりの深い茶道の言葉「一期一会」も、この視点からすると「今この瞬間は過去にも未来にもつながっていない唯一無二の経験」という禅定を指し示しているようにも思われる。

なお、もう少し視点を広げると、古典的な機械論ではない量子的な生体のメカニズムは、上述した知覚に限らず光合成から意識のレベルまで知られ始めており、『量子力学で生命の謎を解く』では、死んだ肉体が知覚や恒常性の量子的機能を失って朽ちていく事を踏まえて、物質的な生命現象(生きているという事)自体が量子的な世界とのアクセスの有無で定義できる可能性を示唆している。

ここまで、物質的な次元と見性との関わりに関して、体験談の背景的解説の文章が長くなってしまったので、一旦ここで区切りとしたい。
ヘミシンクの射程は見性で終わるのでは無く、より高次の非物質次元や解脱(モクシャあるいはアセンション)その先の肉体を超えた広義の生命系へ続いており、SPA体験もその次元と繋がっている。次の投稿では、物質次元から非物質次元への架け橋を、ガイドの解説を元に再び物理の観点から記載したい。


カテゴリ:スターラインズII
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ニックネーム : CH

 2022年6月12日にシェアルームで『ミランダさんの物語』をシェアさせて頂いたCHです。昨日、その後の体験談ができたので、是非、シェアさせて頂ければと思いました。
 去年のSLR後は、なかなかヘミシンクに集中できる機会がなくなり、合宿が懐かしいと過ごしていました。そんな中、一緒にSLRまで駆け抜けてきたAさんが、ズームを使って、「みんなでヘミシンク」を1カ月に1回、開催して下さるようになりました。ズームとはいえ、一人でやるのとは違い、場のエネルギーは半端ないと感動している日々です。
 昨日、3月12日にも「みんなでヘミシンク」が開催され、昨日のテーマは救出活動でした。何か目標を決めて皆でという救出ではなく、一人一人がそれぞれで救出活動をすることになり、WAVE VII の#5 『救出活動』を使いました。
 久しぶりに訪れたF27のスペシャルプレイスは、何となく、やさぐれ、左側が荒れ放題で暗い感じになっていたので、引っ越しました。
 F27で、ガイドやヘルパーさんにお願いし、F23へ救出活動に。ふと見ると、さっちゃん(私のウニヒピリ)がいました。途中、F26かF25辺りでさっちゃんは怖いとこわばって、泣きそうになり私にしがみついて来たので、これじゃ、進めないぞと、おんぶ紐で背中に括り付けました。ヘルパーさんたちの様子を見ると、久しぶりに、えんじょうさん、ミランダさん、エネっちゃん、カクっちゃんが勢ぞろいしていて、びっくり!!久しぶりに皆さんにお目にかかれました。(詳しくは、2022年6月12日の『ミランダさんの物語』を御参照頂ければ幸いです。)
 F23に着くと、すぐに、そこにはどす黒くコールタールの様な物を全身からしたたらせ、ヌラーとした人が立っていました。全体がすごく重いらしく、頭は特に重そうでお腹の辺りまで下がっています。びしょ濡れの感じで周りにそれがタラタラと垂れており、ドブネズミより汚いなあと思って見ていました。
 次の瞬間、えんじょうさんがヌラーの右肩を支え、私が左肩を支えていました。・・・これって、ミランダさんの時と同じパターン!違うのは、今回はミランダさんが私たちを先導し、エネッとカクッが周りを飛び跳ねながら上がっている!!と感動しました。
 F27の公園に到着すると、1人のヌラーは沢山の真っ黒な人影になりました。・・・多分、12歳の私、13歳の私・・・・40歳くらいの私まで、本当に沢山ズラーといました。
 今迄、大変だったよね!よく頑張ったね!ありがとう、ごめんね、許してね、愛してる!ゆっくりとここで癒そうね。ホーと楽になり、癒されるには、何がいいかなと今の私が聞きました。
皆が口々に言いました。
「温泉!」「海~!で、掘ったら温泉が出てくる!!」「プールみたいに大きい露天風呂!」「露天風呂で泳いでも怒られない所!」「部屋付き露天風呂!」「プール!で、プールサイドにカクテルが飲めるバーがあったら最高!」「美味しいものが食べたい!」
で、結局、温泉が出る海辺の大露天風呂・プール・プールサイドにはバー・部屋付き露天風呂があり、料理も美味しい旅館に癒されに行くことになりました。
 えんじょうさん、ミランダさん、エネッっちゃん、カクっちゃんにお礼を言うと、皆は上に戻って行きました。
 私とさっちゃんはF27のスペシャルプレイスに戻りました。さっちゃんは、スペシャルプレイスにいつの間にか置かれているトランポリンで飛び跳ね、ハンモックに揺られながら、ジュースを飲んでいました。楽しそうに明るくくつろいでいるさっちゃんを見て、ホッとしました。多分、救出に行く時から、さっちゃんはわかっていたんだなと・・・。私もうすうす、何を救出するかはわかっていました。なかなか幼い頃・過去の自分を救出しようと思っていても、難しかったので、昨日は、大事業を成し遂げた感があります。
 昨日の今日なので、まだ、私自身、揺らいでいますが、これを書くことにより、また一段と手放せた気がします。
 一人でやっていてはなかなかここまで上手く行かないのですが、このようなことができる機会を与えて下さったAさんには、心から感謝ですし、昨日の参加者の皆様のエネルギー的なサポートも感謝です。そして、ズームでヘミシンクができるまでに私たちを毎回トレーニングして下さった坂本様はじめアクアヴィジョンの全てのスタッフの皆様に感謝です。ありがとうございます。

カテゴリ:ライフライン
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ホンマニアッパレ

2023年3月 8日

ニックネーム : 匿名希望者

ヘミシンクでは無いのですが、般若心経の一曲目
私の耳がおかしいのか、繰り返される歌詞が何度聴いても「ホンマニアッパレ」と聞こえ、笑いそうにぬり、体が緩んできました。
最後の歌は、体の奥底から噴き上げる感覚があり、何故か自然に涙がこぼれてしまいました。ありがとうございました。

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非二元にふれる

2023年3月 6日

ニックネーム : ガイアの旅人

トレーナーの森岡万貴さんとは、10年ほど前、「倍音声明」のセッションをされていた頃ご縁があり、三輪山、三輪神社にもご一緒させていただきました。しばらくご無沙汰していましたが、いつの間にか非二元の講師になっておられたので、少々驚きました。
「非二元」は精神世界のなかでもかなりの難物なので、どんな方々が来られるのか、どんなセミナーになるのか、期待と不安が入り混じった気持ちで参加させて頂きました。

万貴さんは冒頭「私、森岡万貴はいません。わかりますか?」というような宣言から入られました(という曖昧な記憶)。参加者があっけにとられていると、「いやぁ、皆さん頷いておられて、質問がないというのは理解されているということですね?素晴らしい!」とドンドン話を進めていかれました。まぁ、そもそも何を言われているのか、よく分からない、ということかもしれなかったのですが・・・(笑)
セミナー内容の詳細は割愛しますが(適切な説明の方法がないので)、一部、ヘミシンクや万貴さんの歌唱の音源を使いながら、「非二元とは」的なことを一生懸命説明されていました。非二元は、禅でいうところの不立文字の(言葉では説明できない)世界なので、それを言葉で説明するというのは、矛盾というか、はなはだ困難というか・・・万貴さんもそれを承知のうえだと思いますが、「これ以上、何も言えないんですよね」というところも多く、参加者の皆さんも理解が少し難しかったかもしれません。それでも皆さんの反応は、私の勝手な想定以上!で、世の中、変わってきているんだなぁ、と実感しました。

私自身は、「非二元」とは『「自分」や「自分vs.他人(外部)の関係性」が存在するという固定観念がマインドの幻想であり、ワンネス(全体性=真実)から離れている、ということに気づいている状態』と理解していました(あえて言葉にすれば)。しかし、今回のセミナーに参加して、いつの間にか「マインドの幻想」に舞い戻っていたところがたくさんあるなぁ、と少々ホロ苦い気持ちになりました。マインドはなかなかの強敵です!

因みに、非二元の観点では、宇宙人とのコンタクトや、別次元への地球への移行、輪廻転生など、すべては幻想である、ということになります。もちろん現在の三次元生活も幻想ということなのですが、マインドはストーリーが大好きで、「いや、これは現実だ」と断定し、時間と空間が存在することを前提に、「意識進化していく自分」(輪廻転生する自分)や「自分の外側にある様々な宇宙存在」を肯定します。そのストーリーが有効であるあいだ、マインドは「生き続けることができる」からです。このマインドのトリックを見破ってしまえば、モンロー研のほかのセミナーに出る必要は全くない、ということになってしまうのですが(笑)

いずれにしても、私にとっては非二元を再確認する有意義な一日となりました。トレーナーを務めていただいた万貴さん、コーディネートして頂いた文さん、改めて御礼申し上げます。
雑文をお読みいただいた皆さま、ありがとうございました。



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ニックネーム : Eri

GVに参加したのでライフラインに参加すべきか迷っています。今朝、潮風に吹かれながら浜辺近くの道をチャリをこいでいました。その時ふと、「ライフラインに参加しないの?」と直感的にメッセージを受け取りました。ライフラインで私が救出すべき存在はいるだろうか?自問しました。ら・・・。なぜか中学時代の私がとらわれているヴィジョンがぱっと見えました。中学時代の私は、私と目があいました。直観的に「過去の私は今の私に救われるのを待っているのか」と思いました。以前きいたことがあるのは、、、「ライフラインに参加して救出すべき存在が見えたとき、よく見たら前世の私でしたというケースが非常に多い」ということです。しかし、前世ではなく子供時代の私です。今世の私なわけですが…???実際、ライフラインに参加して能力開発して、子供時代の自分を発見して救出するケースもあるんですか?

カテゴリ:ライフライン
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ニックネーム : 匿名希望者

基礎1コースと2日連続で受講させて頂きました。
レイキヒーリングの勉強もしていたのですが近しい流れなどが散見され、違和感なく溶け込めました。特にフリーフロー・フォーカス12と量子的自己(クオンタムセルフ)次に何が現れてくるのか、のワクワク感がディズニーランドのアトラクションで並んで待ってるような感覚でした。(笑)
帰宅後、とても疲れてぐっすり眠れました。

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ニックネーム : 匿名希望

 1月14日のセミナーでは原さん、坂本さん、きくのさん、受講生の皆さんにお世話になりました。
特に原さんには約1年前に亡くなった息子の言葉を思いがけず伝えていただき、まだまだ辛いですが嬉しい気持ちと同時に安心もできました。
 セミナーの参加は初めてでしたが、原さんの豊富な知識ととてもわかりやすいお話に引き込まれ、そして時々の坂本さんのダジャレが緊張をほぐしてくださり、あっという間の1日でした。
 8ヶ月間ヘミシンクを聞いてもウンでもスンでも無かった私がオーラやスピリットを拝見する事ができました。これからもハレルヤを歌い(この曲、好きになりました。)、日々感性を磨き、今後は息子を感じながら生活していく事ができたら幸せです。これから楽しみながら精進していきたいと思いますので、またどうぞ宜しくお願い致します。

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今更ながらの気づき

2023年1月 7日

ニックネーム : たま

2022/7/8~7/13にX27に参加した者です。

当時に見たイメージでずっとわけのわからないものがあり、誰ともシェアせずにいたのですが、昨日(2023/1/6)、ホリスティックヘミシンクオンラインで坂本さんが「I/Thereの把握のされ方」ということを講義されていた中で「視覚的にとらえる場合、さまざまな形が報告されてい る 。例:劇場、スタジアム、パラボラアンテナ(つまり、すり鉢状)、多数の足の生えたくらげのような形、ドームや丸い部屋、巨大宇宙船、さまざまな人の写真が写ったフィルム、渦状銀河、ミラーボールなど。」と教えて下さり、初めて自分が見た「わけのわからないもの」が、I/Thereだったんだーーー! と気づき、とっても興奮しました。
※ちなみに私は銀のサラダボウルのようなものに窓がいっぱいあって底に黒いチューブがいっぱいつながっているもの、脳みそから毛がいっぱい生えているもの、ショッキングピンクの肉片の塊に毛が生えているもの…など、すべてが気持ち悪いものばかりのイメージでした!

今更ながらこんな素敵な気づきを頂いた事、ゆっくりペースでヘミ合宿に参加しているからこその醍醐味を感じられたこと、ちょっと報告したくて報告いたしましたーーー<(_ _)>


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ニックネーム : nonchan

12月16〜21日のスターラインズIIに参加しました。
今回は奇想天外な過去世の体験があったり、かと思うと意識が全く動かず体験がなかったり、パレンケコードの高い周波数で頭頂から光が吹き出したり、F49とF12が自分の頭を介して繋がっていたりなど、濃厚な体験をさせていただきました。
濃厚すぎて、今思い出しても疲れます^^;

セミナーが終わって帰路、新幹線で名古屋駅のホームに降り、名鉄電車に乗り換えるためにしばらく歩くのですが、自分の周りの景色が映画のスクリーンのように見えていて、すれ違う人たちもホームの景色も平面に映し出された動画をみてるような感覚になっていました。
自分だけが立体で、実体があるのは自分だけみたいな、変な感覚になっていました。
周波数が違うからなのかしら?
周波数が違いすぎるとこんな感覚になるのかしら?
それとも、私の頭の配線が変化したのでしょうか?
名鉄電車に乗る頃には、その感覚は薄くなりましたが、今までにない体験でしたので、シェアさせていただきました。

坂本さんはじめ、スタッフの皆さま、参加者の皆さま、今回も楽しく参加させていただき、ありがとうございました。


カテゴリ:スターラインズII
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ニックネーム : shige

こんばんは、シゲです。
12月に千葉・一ノ宮で行われた「第14回スターラインズll」に参加しました。

今回の目的は、「私はなぜここ(地球)にいるのか」を知ること。

収穫としては、
・レムリアでは天使人間だった、など古代文明時代の過去世を体験できた
・テレパシーやテレポートを使いこなしている進んだ文明の探索ができた
・スターラインズよりも広範囲にわたる非物質世界を探索できた
・現代物理学の視点を得ることができた
・坂本さんの最新の駄洒落を堪能できた(笑)

古代文明や銀河にある進んだ文明の探索。
そして、地球コアと銀河系コアやスターゲイトなどの宇宙探索。
これらの探索を通して最終的には、

『ここでしか味わえないことを体験しにきたのだ』

という結論に至りました。

次のセミナーを心待ちにしつつ、地球でしか味わえない日々の体験を楽しみたいと思っています。

また、なかなか思うような体験が得られないときも、
「F49などの高いフォーカスに行くだけで、人類への貢献を果たしている」という坂本さんからの言葉や、
セッション前に「がんばりすぎないで」というサチさんからのメッセージもとても励みになりました。

坂本さん、サチさん、きくのさん、ありがとうございました。
そして、参加者の皆さんもとても波動が高く、居心地の良いプログラムでした。
ありがとうございました。

みんなブラボー(笑)

カテゴリ:スターラインズII
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はじめまして

2022年12月 1日

ニックネーム : yoake

自己啓発や自己成長に関する本や、
精神世界や見えない世界に関心があります。
坂本政道様や、江原啓之様などの本を良く読んでいます。
また、輪廻転生を信じています。
10年前にヘミシンクのCDを購入し、何度も聞きました。
聞き終わると、頭がスッキリしたような感覚は感じられましたが、体験は出来ず、少しずつ忘れてしまいました。
YouTubeでアクアヴィジョンアカデミーを見て、ヘミシンクを思い出しました。
又、手相で、数万人に1人しか無い「直感線」を持っているとも言われました。
ちなみに、直感線を持っている人は、とても勘が鋭いそうです。
きっかけが出来た気がして、再度自宅でCDを聞きましたが、やはり本に載っている様な体験は出来ませんでした。
体験が出来る様な、アドバイスがあれば、どなたか教えて下さい。

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実に面白い!F15

2022年10月21日

ニックネーム : ユー

 ヘミ・ウオークと気功体験からF15の謎に迫ってみました。

 F15というのは、実に不思議な意識状態です。時間のない状態であり、まったく何もない場、思考と思考の狭間、単に存在する状態、安寧、何もないが、すべての可能性に満ち満ちた場、創造エネルギーに満ちた場と説明されています(令和4年9月27日MasさんのFB)。
モンロー研のプログラムでは『ゲートウェイ・ヴォエッジ』という入門コースに入っているのにもかかわらず、高僧が何十年も修行して初めて体験できる境地(空)を瞬時に体験できてしまう・・・F15は不思議に満ちています。

 最近気功を集中的に行っていますが、気功では動作を行いながら気という精妙なエネルギーを感じ、それを体の中から外へと拡げていきます。そして最終的には自分と周囲が一体となり、気の統一体になります。その後、師匠の誘導(「ただ存在している。すべてを知っている。それをただ感じている。」というF15のナレーションに似た内容の誘導)で瞑想を行いますが、その時の意識状態は、まさにヘミ・ウオークで感じたF15の意識状態でした。

 ヘミ・ウオークで感じたF15の詳細を下記に示します。聴いたのは、『ゲートウェイ・エクスペリエンス』の『Wave V-エクスプロアリング(探索)』の中の『#6フォーカス15の探究』です。
ウオーキングをしながらF15に行った時に最初に起こったことは、周囲の風景は見えてはいるが感情的な反応が全くなくなったことです。後から感じたのは、これが「ただ存在している」という状態だったのかもしれないということです。この状態がしばらく続き、その後自分が今歩いているんだということに気づいた瞬間に、周囲のことにものすごく興味が湧き、共鳴・共感できているような感覚に襲われました。すごく天気のいい日でしたが、周囲の樹々や前を歩いている犬達が喜んでいるのが実感として感じられました。またその日は腰が痛かったのですが、自分は本当は腰が痛くなく、何の問題もないのに、腰が痛く、問題解決に頭を悩ましている状況を楽しんでいるということがわかり、「迷路の中を右往左往している自分を上空から別の自分が見て楽しんでいる」ヴィジョンが視えてきました。とても心が躍る経験でしたが、F12→F10→C1へとシフトすると、そのワクワク感は消えました。

 後日、この経験を思い出していたら、バシャールが言っていたことが思い出されました。バシャールは、『源』あるいは『存在の本質』を「The One」(ザ・ワン)と「All That Is」(オール・ザット・イズ)という言葉で表現しています。宇宙にはもともと「The One」(ザ・ワン)があり、ここには自己意識はなく、自分が存在しているという概念すらなかった。すなわち、「ただ存在している」だけであった。そして、「The One」(ザ・ワン)の一部に自分がすべてであるということを「認識している」部分があり、それをバシャールは「All That Is」(オール・ザット・イズ)と呼んでいます。

 今回の体験をバシャールの言葉に照らし合わせて解釈すると、「ただ存在している」という状態で「The One」(ザ・ワン)を体験し、その後「周囲のことにものすごく興味が湧き、共鳴・共感できているような感覚に襲われ、自分を見ているより大きな自分の存在に気づいた」のが「All That Is」(オール・ザット・イズ)を体験していたのかもしれない・・・と感じました。

 今回の体験は、ロバート・モンローがフォーカス・レベルを上げていって、『源』と接触した時の体験とは全然違うのと、今回強く感じたのは、「すべてを知っている」という感覚ではなく、「強烈な好奇心」だったので、もしかしたら宇宙創成期の『源』(『源』が自分のカケラを探索機として宇宙のさまざまな場所に送り出した、とモンローが記載している時期)だったのかなー・・・等々いろんな考えが頭をよぎります。

 あえて解釈はしないで純粋に体験を楽しむだけでよいのかもしれませんが、ヘミシンク熟練者のご意見をいただければうれしいです。いずれにしても、F15は実に面白い!


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